絶対に助ける6
「私は確信している。お前はエディユナの子さ」
「……そんなの知らない!」
「仮に違ったとしてもお前の居場所はもう決まっている。王妃となりなりなさい。キュレイストンのため、それがお前に与えられた役割なのさ。代わりに一生の贅沢を約束してやろう」
ルーエンタは笑顔を浮かべる。
人の良さそうな笑顔なのに、なぜかすごく嫌な感じがするとエニは思った。
「そんなガキの近くにいたって何もなりやしない。ここが……こちらがお前の居場所だよ」
「勝手に決めるな」
「なんだと?」
「居場所は誰かに決められるものじゃない。自分がいたい場所、そばにいたい人、自分自身がそこにいるべきだと思える場所が居場所なんだ」
誰かに強制されていさせられてもそれは居場所ではないとジケは思う。
「そこにいたいと思うから人は努力する。居場所とはそんな場所なんだ」
「……ガキが偉そうに言うね」
「あんたこそ、そんな歳になって、子供を財力や力で支配しようとしてるのか」
「はっ! 何も持たないくせに口だけは達者だね」
ルーエンタが眉をひそめる。
「エニ!」
「えっ、なに?」
「エニはどうしたい? エニ、お前はどこにいたい?」
「こっちに来な。想像もできないような生活をさせてあげる。今を逃せばお前は貧民から抜け出せない。貧民街が居場所だなんて馬鹿げたことを抜かさない子だと私は思っているよ」
「……私は…………」
エニは目を閉じて、胸に手を当てる。
答えなんて、決まっていた。
「私はそっちに行かない!」
「なっ!?」
「私は……エニだから。エディユナの娘とか、そんなもの関係ないから! 私は……ジケのそばにいたい!」
エニが叫ぶ。
「私の居場所はあのボロボロの家だから! 私が、あそこにいたいから!」
囚われている時、暇だったから少し考えた。
このままジケが助けに来なくて、どこかにさらわれて、また違う生活を始める。
良い生活でも悪い生活でも想像を膨らませてみた。
でもダメだった。
どこかにまたジケの姿を追いかける。
どんなに辛い生活をしていても最後にはジケが手を引いて連れ出してくれる。
引っ越すこともできるし、ちょっと隙間風が入ってくることもあるのに、最後にはあの家で笑っているのだ。
「ならどうするって言うんだい?」
ルーエンタはうっすらと怒りをにじませる。
「ここは船の上、もう港は出ている。逃げ場はないんだよ。どこがお前の居場所だろうともう帰れないんだよ!」
「う……それは……」
エニは不安そうな目でジケを見る。
「そう、ここは船の上、港は出ている」
だが、ジケはニヤリと笑っていた。
「エニ、俺を信じるか?」
ジケは手を差し出した。
「……うん!」
エニはジケの手を取る。
「海だ。飛び込むぞ!」
「分かった!」
海!?
と思わなくもない。
だけど信じると決めたのだ。
「何をするつもりだ!」
ジケに手を引かれ走り出す。
手すりに足をかけて、ジケとエニは飛び出した。
「フィオス!」
「なっ……! 馬鹿なことを!」
ボチャンと海に落ちる音が聞こえて、ルーエンタは慌てて手すりに駆け寄る。
ジケとエニが飛び込んだからだろうか、丸く広がる波が見えただけで二人の姿はない。
「オースティン!」
「無理です」
「なんだって!?」
「ここはこう見えても潮の流れが早いんです。飛び込めば僕も無事じゃ済まないかもしれない」
オースティンは冷静な目をして海を見つめる。
一見穏やかに見えても海には大いなるうねりや流れがある。
ルーエンタは海に飛び込んで助けろと言うのだが、人は海に対してあまりにも無力なのである。
「ならお前は自分の娘が死ぬのをただ黙ってみているというのかい!」
ルーエンタはオースティンに掴みかかる。
「僕の娘はあの時いなくなったのです。あの子はエニ。僕の……娘ではありません」
「あの子の顔を見ただろう! エディユナに瓜二つだった! 燃えるような赤い髪もそうだ! あの子なら……きっと王子にもご満足いただける!」
ほんの一瞬期待した。
生き別れた孫に再び出会えたことを少しでも喜んでいるのかもしれないと。
しかしルーエンタにそんな甘い思いは微塵もない。
「ですがもうきっと……」
「……くっ! もう戻れないのかい?」
「潮の流れ……それに風も戻ろうと逆風になります。無理でしょうね」
「……まさかそんな道を選ぶとは…………少し焦りすぎたのかもしれないね」
自ら海に飛び込んでしまうなんてルーエンタも想像していなかった。
黙っていれば贅沢な人生が待っていたはずなのに。
「それともあのいけすかないガキも取り込むべきだったか」
「あっ、あれもしかして」
「むっ! 本当かい!」
オースティンが海を指差した。
ルーエンタが覗き込むようにして海を見下ろす。
「んん? なにも……何を……」
ジケとエニが上がってきたのかもしれない。
そう思っていたのだけど、海には何もなかった。
次の瞬間、ルーエンタは背中に鋭い痛みを感じた。
「オースティン!」
「あの子がもし僕の娘で……母親の存在が近くにないのだとしたらエディユナはどうなったのでしょうね? あなたはそれを考えたこともなさそうだ」
ルーエンタの背中にナイフが突き刺さっている。
突き刺したのはオースティンだった。




