怪しい商人1
「とりあえず分かったことがあるから報告しに来たんだ」
ソコイはリュードの家を訪れた。
情報を共有すると言った以上、約束はちゃんと守る。
ただ情報屋が相手ならいつもの伝達手段はバレてしまう可能性がある。
やはり直接会って伝えるのが一番だ。
「ヘマクリオスには怪しい恋人がいるんだ」
情報屋でも把握していない恋人がヘマクリオスの屋敷にいた。
全てのことを即座に把握しているわけではないので、よほど慎重に隠していたか、最近できた恋人なら把握していなくとも無理はない。
恋人がいるということ自体に不自然だと感じることはないのだ。
しかしヘマクリオスの恋人は怪しい。
ヘマクリオスの秘密の部屋の場所を知っていた。
ソコイが侵入してみたところ、秘密の部屋はやはり情報が置いてある部屋だった。
ヘマクリオスの恋人は何かの情報を盗み出している。
物として持っていくことはしなかっただろうが、ある程度資料を頭に入れて記憶しておくなんて誰でもできる。
ただそうなると、逆に何の情報を盗み出したのか分からないのはとても厄介なことである。
ともかくヘマクリオスの恋人はヘマクリオスに内緒で情報を盗み出しているのだ。
「その恋人とやらが何者なのか分かってるのか?」
「もちろん! 怪しいから後つけたんだ」
ヘマクリオスよりも怪しく思えたのでソコイはヘマクリオスの恋人を尾行した。
どの道、ヘマクリオスは家も職場も把握しているので後回しにしても問題はない。
「ヘマクリオスの恋人の名前はロザーナ・ピクスレー。ピクスレー商会の会長であるゴードン・ピクスレーの奥さんだった」
ヘマクリオスの恋人はロザーナという名前であることをソコイは突き止めていた。
ソコイが追いかけてみるとロザーナは貴族街にある邸宅に入っていった。
その邸宅の持ち主がゴードンであり、ゴードンの妻がロザーナだったのである。
ゴードンは貴族ではなく商人だ。
自分の前を冠するそれなりに大きな商会を持っている。
「ただゴードンはこの国の人じゃないんだ」
「何だって?」
「ゴードンは隣の国……帝国の人なんだ」
ゴードンはジケたちの国の人ではなかった。
隣国である帝国出身の人である。
ピクスレー商会は帝国との取引を主に扱って財を成したのだ。
どちらにも頻繁に出入りするために、どちらの国にも家を持っているのだ。
「帝国か……」
なんだか最近よく帝国という名前を聞くものだなとジケは思った。
ジケが持つ過去の記憶では帝国は最終的に戦争を仕掛けてくる。
戦争そのものには勝ったものの、そのせいで生活は荒れに荒れてジケは生き残ることに必死になっていた。
実はどうやって勝ったのかあまり覚えていない。
それだけ大きな戦争なら覚えていてもおかしくないのに、不思議と細かな話の記憶がないのだ。
ただその戦争のすぐ後に王様が亡くなったような記憶がうっすらとあった。
「それで、ゴードンについて調べたのか?」
「うちにある情報じゃ特に怪しいところはない、けど……」
「けど?」
少し引っかかる言い方をするものだと険しい表情をするソコイの顔を覗き込む。
「あまりにも綺麗なんだ」
「綺麗? 何がだ?」
「情報が少なくて、素行がすごく綺麗なんだ」
ソコイも情報屋として活動して色々なことを知った。
世の中綺麗なもの、真面目な人ばかりじゃない。
特に商人や貴族という人は叩けば埃が出るようなことも少なくない。
それにお金を持っている人ほど何かしらの活動をしていて情報は多い。
なのにゴードンに関してはかなり単純な情報しかなく、加えて情報から見えるゴードンは一つの汚れもない人なのである。
もちろん埃一つない人もいる。
ジケは取引に関して暗いことを行ったことはない。
埃どころかジケについて調べると後ろに色々な人の名前が出てきてビビることだろう。
だがまだ経歴の浅いジケに比べてゴードンは商人としての経歴も長く、商会の規模も大きい。
怪しいことをしているとまでは言わないが、情報が少なくてソコイはむしろ怪しさを覚えているのだ。
「家には入らなかったのか?」
怪しいなら調べればいい。
ジケはそう思った。
ソコイなら邸宅に忍び込んで調べられるだろう。
「そうしたかったんだけど……警備が厳重でさ。ケモノタイプの魔獣と契約してる警備員がいるんだ」
ソコイは困った顔をした。
見えなくなるほどに存在感を消すことができるソコイにも誤魔化すことが難しい相手がいる。
それは鼻がいい相手である。
姿は消せてもニオイは消せない。
鼻がいい相手を誤魔化すことは難しいのだ。
単に鼻がいい相手だけなら誤魔化す方法もあるけれど、それ以外の警備も厳しくて結果的に入るのは難しいとソコイは判断した。
「怪しいんだけどなぁ……」
「どうにかできないのか?」
「入っちゃえばこっちのものだけど、入るのが難しいから」
ソコイはしょんぼりと肩を落とす。
ガルガトならやり遂げるのだろうが、ソコイにはまだ難易度が高い相手だ。
「……入りさえすればいいんだよな?」
「も、もしかして?」
ジケは何かを考えるようにフィオスをプルプルと揺らしている。
「方法があるかもしれない」
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