花を預かって1
「あの子、頭が良いですね」
「ピコちゃん天才……」
額に指を当てて、ピコはドヤ顔でポーズを取っている。
タダでご飯は食べられない。
やはり働いてもらう必要がある。
とりあえずピコにも働いてもらうことにしたのだが、ピコの適性がどこにあるのか分からない。
ジケ個人的には人当たりの良さを活かしてフィオス商会の商人となってくれないかなと思っている。
ただ急に人前に出すのも難しい。
大きなミミとモフモフの尻尾はなかなか隠せるものじゃない。
ナルジオンが獣王として獣人の国を興し、王国と和平を結んだという話はすでに広まっていた。
話が広まる速度がかなり早いので、意図的に広めているのだろう。
つまり嘘でもなんでもなく獣人の国と和平が成立したのだ。
ナルジオンも上手くやってくれたものである。
色々なところで獣人に対する反発の声は上がっている。
しかし獣人と戦争しても王国側に利益なんかはなかったので、戦争が起こらないのならそれでいいという意見も意外と多いのだ。
これから獣人との交流が始まる。
上手くいけば時の流れが獣人に対する偏見も少しは和らげてくれるかもしれない。
そうなればピコも表に立って活動しやすくなるだろう。
だが今は内側の作業をピコに手伝ってもらっている。
具体的にはメリッサの下で働いている。
メリッサは半分商人のようにお店にも立つが、本来の仕事は事務処理などだ。
会計的な仕事はメリッサに一任されていて、お世話になっているという自覚はジケにもあった。
ともかくメリッサは色々やってくれているけれど、今回は会計的なお金の処理をピコは学んでいた。
ピコは簡単な文字の読み書きや簡単な計算ができる。
獣人の中ではちょっと珍しいタイプなのである。
それでも会計となると簡単な計算ではない。
しかしピコは教えてやるとなんでもあっという間に吸収した。
ピコは自分のことを天才というが、あながち間違いでもない。
思い返してみれば、獣人たちの情報をメモもなく記憶からすぐに引き出していた。
ピコは圧倒的な記憶力の持ち主なのである。
「さすピコ! いいぞ! 天才美少女獣人!」
「むふ……そんな褒められると照れちゃうな」
ピコは顔を赤くする。
記憶力が良いからと褒めてくれるのは父親のオツネぐらいだった。
今はジケの周りのみんながチヤホヤと褒めてくれる。
ピコの尻尾も上がりっぱなし、やる気も上がりっぱなしである。
「弱点なき天才美少女……困っちゃうなぁ」
自己肯定感の高さもジケは嫌いじゃない。
「教えがいもあります」
「メリッサさんの教え方が良いからだね」
ちょっとした謙遜もできちゃう。
「ジケ!」
「……にょわ!?」
ただしピコは戦えないし、ややビビリなところがある。
横から急に声がしてピコは飛び上がった。
「重いぞ……」
「ピコちゃん的危機回避能力……」
尻尾をボワっとさせて飛び上がったピコはジケにしがみついている。
「だ、だれ!? というか、いつの間に?」
ピコの隣には誰もいなかったはず。
なのに突然人が現れた。
ピコでなくとも驚きはするだろう。
「ソコイ?」
ピコを驚かせた犯人はソコイであった。
港町であるボージェナルで出会った少年であるが、色々な事件に巻き込まれて、今は情報ギルドの長であるガルガトの弟子となっている。
普段は情報ギルドとして忙しくしているらしいけれど、時々ジケに会いに来る。
大切にしていたお菓子が無くなったら意外とソコイのせいなのかもしれない。
魔獣の能力によって周りの景色に溶け込むことができるソコイの存在は、ボンヤリしていると全く気づくことができない。
さらに魔力を隠す道具や、ガルガトによって気配を消す方法を習得したので、ジケが本気で神経を尖らせていない限りソコイを見つけるのも難しいのだ。
「こっちに来るなんて珍しいな」
ジケにしがみ付くピコの頭の上にフィオスが登っている。
頭の上にフィオスが乗ってきてピコはドヤ顔を披露するけれど、早く降りていただきたいなとジケは思っていた。
ジケたちが今いるのはフィオス商会のお店の方である。
ソコイがこれまでお店の方に来たことはない。
用事があっても家で待っていたりする。
だから珍しいなと思った。
「ちょっと急用があってさ。家の方にいなかったからこっちかなって」
「急用? なんか困り事か?」
「ああ、お願いがあるんだ」
とりあえずソコイは危なそうな人ではなさそうだ、とピコは頭にフィオスを乗せたままジケから降りる。
「じゃあ商談室に行こうか」
人が聞いていい話なのか分からない。
聞いてもいいにしても聞かれたくないにしても、聞かれないような場所で話しておけばいい。
「ユディット、人が入らないように頼む」
「分かりました」
一応商談中の札をかけるけれど、さらにドア前にユディットにも立っていてもらう。
「……ピコ?」
ヌルッとフィオスを抱えたピコもジケについてきている。
「ふっ……ピコちゃんはジケ君の尻尾だからね!」
右腕なら分かるが尻尾というのが良いポジションなのかどうかジケは知らない。
「ジケの周りの人なら信頼できるから大丈夫だよ」
流石に追い出した方がいいかなと思ったけれどソコイは笑っていた。
知らない他人に聞かれるのは嫌だが、ジケが信頼している人ならソコイも信頼できる。




