足らぬを知る1
「よく来てくれたな、北の戦士よ」
「ああ、過去の遺恨を水に流してこうして対話に応じてくれること感謝する」
ナルジオンは王様と握手を交わした。
二人が顔を合わせたのは初めてのことで、ある種の歴史的瞬間であるとも言える。
「驚いたよ。まさか獣人たちの方から話があると聞かされる日が来るとは」
王様は獣人の礼儀に則ってできるだけ砕けた言葉を使う。
今回ナルジオンの方から王様に直接会って話がしたいと伝えた。
それはまずオズドゥードルに伝えられて、そこから王様に伝わった。
いきなりの話で獣人の意図を疑う人も多くいたが、とある少年が関わっていると聞いて王様はすぐさまナルジオンに会うことを決めたのである。
今でこそ一定の距離を保って付き合っているが、獣人とは衝突を繰り返してきた。
身の安全が保障されないので獣人の代表が首都まで来ることはなく、逆に王様が獣人のところに赴くこともなかったのだ。
獣人の代表と平和的に握手を交わす時が訪れるなんて誰にも予想できることじゃない。
それはジケの過去を含めてもの話である。
「回りくどい言い方は得意じゃない。だから単刀直入に用件を言わせてもらう」
「それでいい。飾り立てた言葉など我々には不要だ」
「……俺たちは国を興す」
「何?」
対話がしたいとは聞いていたが、対話の内容までは聞いていなかった。
全くもって予想もしていなかった言葉に王様は驚きを隠すことができなかった。
「これまで俺たちは国ではなかった。国に近い形にはなっていたのかもしれないが、明確な統治者はいないバラバラの集団だった。しかしこれから俺たちは王を決め、国として立ちあがろうと思っている」
「…………その話を私にしてどうするつもりだ?」
王様の顔が険しく真面目なものになる。
降って湧いたような建国話。
聞くべきことが多いと王様は態度を改める。
てっきり戦争の機運が高まっていることに関わっての話だと思っていたのに、国を興すとなるとまた話は違ってくる。
あるいは建国の先に戦争という話だってあり得るかもしれない。
ただなぜわざわざ国を興すことを宣言しに来たのかということも謎である。
「国を興すことを認めてほしい」
「認めてほしいだと?」
「そうだ。北の地は俺たちが住んでいる。だが地図の上ではこの国に属している。俺たち獣人の国による統治を認めてほしいのだ」
「我々にメリットは?」
どうしてそんなことを認めなければいけないのか、認められるのか、という問題は今は隅に置いて、そんなことをして何の利益があるのだと王様は問うた。
認める認めないの話をするとただ衝突するだけになってしまう。
ひとまず認めた先に何があるのか聞いてみることにした。
「獣人の国は人間の国と友好的な関係を結び、和平を約束しよう」
「……何だと?」
王様はナルジオンが本当に獣人なのか疑いたくなった。
獣人たちは国を興すことの条件として牙を収めることを提案した。
これもまた予想だにしなかった提案である。
「そして、こうすることにはお前たちにも他に利益がある」
「…………その利益とは?」
「恥ずかしい話だが全てを話そう」
ナルジオンは獣人の中で起きた呪いの騒動について話す。
そしてその裏に、帝国や魔神崇拝者の存在がある可能性を伝えた。
「敵は俺たちが争うことを望んでいる。このままでいれば俺たちはいいように利用され、血を流すだけになるだろう。国を興し、和平と友好的関係を築いて奴らに対抗する。これはこの国の利益ともなるだろう」
「帝国が……魔神崇拝者と組んで、この国を狙っているだと? にわかには信じがたい……だが」
黙って話を聞いていた王様は、あまりの話の大きさに悩ましい表情を浮かべる。
魔神崇拝者という存在だけならばそれほど疑う話でもなかったかもしれない。
しかし隣国である帝国が関わってくると話は違う。
今のところ表面上では帝国とは戦争などという危険な雰囲気もない。
「帝国は常に大きな野心を抱えている」
けれども帝国には、さらに国を拡大して国を大きくするという野望があることは王様も知っていた。
そのための工作として獣人に手を出し、魔神崇拝者を利用しているのだとしたら理解できない話でもなかったのである。
「帝国や魔神崇拝者が獣人を、そして我々を狙っている。だから手を組んでしまえばそれに対抗することになる……というのが利益なのだな?」
「そうだ。以前までなら帝国だろうが魔神崇拝者だろうが敵ではないと言っていただろう。しかし俺たちは悪意の攻撃というものを知った」
呪いを利用してハビシンを苦しめてナルジオンを操ろうとした。
呪いを利用して町中で争いを起こした。
オオグマやフェデミーを言葉巧みに誘導して、自ら手を汚すことなく獣人を弱体化させた。
獣人たちの命など関係ないと言わんばかりの強い悪意である。
「いきなり俺たちのことを認めるのは難しいかもしれない。しかし人間にも敬意を払うべき相手がいることも知った。そんな敬意を払うべき人間がこうするようにと俺たちに提案したのだ」
「敬意を払うべき人間が……」
王様の頭にはこの話に関わっているという少年の顔が浮かんだ。
 




