浅ましきネズミの野望3
「くそっ……やれ!」
ネズミの獣人は懐から手のひらぐらいの大きさの石を取り出して、ハビシンに何かの命令をした。
「な、なんで……」
「とりあえず寝てろ!」
ピクリとハビシンは反応を見せたもののそれ以上ハビシンは動かない。
驚愕したような顔をするネズミの獣人をリアーネが殴りつけた。
派手に地面を転がっていったネズミの獣人をユディットとユダリカが押さえつける。
「ハビシン?」
「……呪いを解かなきゃダメみたいですね」
ハルフが声をかけてもハビシンはうつろな目をしたまま動かない。
呪いのせいだろう。
「ここら辺っぽそうだな。穴掘るぞ! あっ、師匠とナルジオンさんは戦うのやめてください!」
幸い周りに他の獣人はいない。
ネズミの獣人を捕らえて、ハビシンも動けないようにしてあるのでナルジオンが戦う理由は無くなった。
「……済まないな」
ナルジオンは戦いを止めた。
あのまま戦い続ければグルゼイかナルジオンのどちらかは酷い怪我をしていたかもしれない。
娘であるハビシンの命を天秤にかけられて、ナルジオンも戦うしかなかった。
だがそれが最善の選択だとは、ナルジオン自身も思っていなかったのである。
「それにしても……刺されたのにどうなってるのかしら?」
ネズミの獣人は確かにハビシンを突き刺した。
けれども刃は先端すらハビシンに刺さっていなかった。
「これですよ」
ジケはハビシンの服の裂けたところを指で軽く広げる。
「これは……何かしら?」
服の中には何か金属質のものが見えている。
明らかに皮膚などとは違う。
これが守ってくれたのだろうが、何なのかハルフは分かっていない。
「俺の魔獣であるフィオスですよ」
「フィオス? そういえば……」
ハルフは気がついた。
ジケは移動の時には青くて丸いスライムを抱えていた。
戦いになると盾になったり、剣にまとわりついたりしていた。
緊急事態だったのでスライムが形を変えたことそのものに驚きはなかったが、よくよく考えてみればとても奇妙なスライムである。
しかし今のジケはスライムを抱えていない。
縦にもしておらず、剣にもまとわりついていない。
どこに行ったのか。
フィオスは今ハビシンの体にまとわりついている。
ジケが堂々と動いた理由、それはフィオスがハビシンを守ってくれるからだったのだ。
ハビシンが人質に取られている時、ジケはそっと剣を下ろした。
フィオスは剣にまとわりつくのを止めて、雪の中に潜り、ハビシンに近づいた。
ハビシンの服の中に入っていき、そして金属化したのである。
小さいナイフ如きでフィオスを貫くことは難しい。
ついでに金属化したことによってハビシンを拘束することもできたというわけである。
「ジケ! 見つけたぞ!」
他の場所と同様に雪が溶けている場所があった。
戦いのせいで地面が荒れていて中心は分かりにくかったが、何となくここら辺だろうというところをユディットとリアーネで掘り返した。
地面から木箱が出てきた。
これまでのものより箱は縦に長い。
「剣?」
箱の中に入っていたのは抜き身の剣が入っていた。
他の魔道具と同じく表面に黒い不思議な模様がある。
「リアーネ!」
「おうっ!」
リアーネが自分の剣を呪いの剣に振り下ろす。
パキンと音がして呪いの剣が真っ二つに折れる。
「どうだ?」
「なんか……空気変わったね」
剣が折れた瞬間、町の空気が変わった。
これまで何だか湿度が高いような、まとわりつくような嫌な空気が町中に漂っていた。
そのような空気がサーっと引いて無くなって、夜のただ冷たい空気が戻ってきたのである。
「ハビシンは?」
「まだおかしいままだ」
町にかけられていた呪いは解けているはず。
なのにハビシンはまだぼんやりとしている。
「……ユディット、その石を叩き割ってくれ」
「はっ! わかりました!」
なぜなのだと考えて、すぐに気づいた。
ネズミの獣人はハビシンに命令をする時、変な石を持っていた。
何もなくそんなもの取り出すはずがない。
変な石が呪いに関わっていると察したジケは周りを見回して、ネズミの獣人が持っていた石を探した。
リアーネが殴り飛ばした時に手から離れてしまったのだが、ユディットのそばに転がっているのをすぐに見つけられた。
「やぁっ!」
ユディットは剣を抜いて変な石を切りつける。
「どうだ……?」
変な石が切り裂かれて、みんなはハビシンを見る。
「あれ……なに? ……あれ? 体が動かない……」
ハビシンの目に光が戻る。
ただ状況は分からないみたいで、何度も瞬きを繰り返している。
体が動かないことに困惑していて周りのこともよく見えていないようであった。
「ハビシン!」
「お母さん? えっ?」
ハルフがハビシンを抱きしめる。
フィオスが金属化を解いて服の中からニュルンと脱出する。
「よくやったな、フィオス」
胸に飛び込んでくるフィオスを受け止めて、ジケはフィオスを撫でる。
「……ジケ、いや、ジケ殿と呼ばせてくれ」
ハビシンを抱きしめたい思いを抑え、ナルジオンはジケの前で膝をついて頭を下げた。
それはナルジオンなりの感謝や謝罪の気持ちを表したものだった。
何者にも屈したことがないナルジオンが初めて他者に膝を折ったのだ。
「俺たちだけではどうしようもなかった。ジケ殿の協力には……」
「待ってください」
「なんだ?」
「まだ終わってません。……感謝しているなら一つやってほしいことがあります」




