呪いを解け!2
「全員ぶっ飛ばしてやる!」
なかなかない、腕っぷしでジケに良いところ見せるチャンスを潰されたとリアーネは奮起する。
相手はもう死んでいる。
手加減をする必要もない。
リアーネが道を作ってくれたのでジケは獣人アンデッドの間を走り抜ける。
「フィオス、頼むぞ!」
ジケは剣の先にフィオス盾を近づける。
フィオスがジケの腕からニュルンと剣の先に移動して形を変える。
先の尖った金属の塊の形になる。
剣と合わさって大きなハンマーのようになった。
「特に邪魔はしない?」
「私に戦闘能力はありませんから。何もしませんが、こうしている間にも向かってきますよ」
オオグマの血でまみれた場所の横にはプクサが立っている。
守ることが命令であるといっていたけれど、プクサ本体が戦って守ることはしないらしい。
他の獣人アンデッドに邪魔されても困るので、ジケはさっさとフィオスハンマーをオオグマの血が広がっているあたりに振り下ろす。
「この下でいいんだよね?」
「そうです。頑張ってください」
なんだかイマイチ緊張感がない。
ジケは何度もフィオスハンマーを振り下ろしてステージを破壊する。
「ジケ、後ろだ!」
「うわっ!?」
グルゼイの声が聞こえて、ジケは頭を下げた。
オオグマの腕がジケの頭の上をすんでのところで通り過ぎていった。
グルゼイは余裕でかわしていたが、実際に対面するとオオグマの攻撃はかなり速い。
風切り音を聞くに力も凄まじい。
変に受けようとしてしまうと受け切れないなんてことにもなりかねない。
「貴様の相手はこちらだ!」
グルゼイが後ろからオオグマを斬りつける。
一瞬オオグマの体がびくんと跳ねたけれど、それでもグルゼイには向かわずジケを攻撃し続ける。
「無視をする気か」
グルゼイの袖口からスティーカーが現れて剣に牙を当てる。
じわりと透明な毒の液体が広がっていく剣を振るってオオグマの背中をズタズタに斬り裂いた。
こんなにされてもジケに向かうのは、魔道具を防衛しようというプクサの意思が反映されているのかもしれない。
「毒の効きが悪いな……」
オオグマはすでに大量の出血をしている。
動くたびに傷口から血が出て、さらにグルゼイに斬りつけられたところもある。
気づけば傷からの出血もかなり少なくなっていた。
体の中にある血液がだいぶ減っている。
グルゼイの毒も血が少ないために効きが悪くなっていたのである。
「オオグマ! 貴様、何をしている!」
「ナルジオンさん!」
相変わらず執拗にオオグマはジケを追いかけ、グルゼイには他の獣人アンデッドが迫っていた。
事態の収拾のためにも早く魔道具を破壊したいのに、ボロボロになってもオオグマは一切攻撃の手を緩めない。
少し相手の速度にも慣れてきて、ひりつくような実戦の鍛錬にはなったのかもしれないが、いい経験になったと喜んでいる場合でもない。
そんな時にナルジオンが広場に駆けつけた。
「オオグマが……」
ナルジオンの声を聞いた瞬間、オオグマは動き止めてナルジオンを見た。
「人を辞めたか!」
オオグマは言葉にならない咆哮をして、ナルジオンに向かっていった。
「私の命令よりも本能の方が強いですね」
オオグマはリッチを引き込み、呪いすら使うことを許容した。
獣人の誇りを傷つけるような行いであるのに、なぜそんなことを許したのか。
それは全てナルジオンを超えるためだった。
赤尾祭に優勝してナルジオンに直接挑む権利を得た。
しかしナルジオンには勝てなかったのである。
だが自分の方が優れているという考えをオオグマは捨てられない。
獣人を統括し、導く存在としても自分の方が相応しく、力だって大きな差はないはずだとずっと心の奥に重たい感情を抱き続けていたのだ。
魔道具を守るというプクサの命令を跳ね除けて、オオグマはナルジオンに向かう。
それはオオグマは生前に抱えていた思いがそれほど強かったということである。
「このようなことをして許されると思うなよ!」
オオグマとナルジオンが同時に拳を突き出した。
両者の拳がぶつかり合う。
グルゼイにつけられた腕の傷から血が噴き出し、オオグマの拳は力負けして弾き飛ばされるように返された。
ナルジオンがオオグマの顔面を殴り飛ばす。
ステージの縁ギリギリまでオオグマは転がっていく。
「ふう、ようやく効いたか」
オオグマは顔を上げてナルジオンに唸るような声をあげている。
しかし体が動かなくなっていた。
ダメージもあるのかもしれないが、大きな原因はグルゼイに与えられた毒であった。
背中の傷からの広がった毒はオオグマの体を侵食し、筋肉が正常に動かないように作用していたのだ。
「最後は俺にやらせてくれないか?」
ここまで戦っていたのがグルゼイやジケなことは分かっている。
けれどもオオグマのトドメを任せてほしいとナルジオンは頼んだ。
「好きにしろ」
知らぬ相手の最後になど興味はない。
すでに毒によって動けなくなっているのならグルゼイの勝ちは変わらない。
グルゼイの許しを得てナルジオンはオオグマに近寄る。
オオグマは言葉ともいえない唸り声をあげてナルジオンを威嚇していて、これでは獣人ではなくただの獣に過ぎなかった。
「何がお前をこうしたのだろうな……」
オオグマも純粋に強さを求める人だったはずなのに、いつから道を踏み外したのか。
「全ての責任は後で問おう。今は……ただ休め」
ナルジオンは剣を抜き、オオグマの首を刎ねた。
誇り高い死ではないが、これ以上オオグマの誇りが汚れることはないだろう。




