負の感情が生み出す呪い3
「リッチを倒そう」
なんにしてもリッチを放ってはおけない。
アンデッドにされたザッシュ族の獣人もリッチを倒せば動かなくなる。
あるいは少なくとも統制は取れなくなるだろう。
「ハルフさん!」
「何かしら?」
獣人にとっては女性も男性も変わりなく戦う。
ハルフも戦っているのだが、声が届く後ろめにいた。
ジケの声に反応して、襲いくる獣人アンデッドを斬り倒してハルフが下がってくる。
「他の獣人に助けを出してくれませんか?」
ナルジオンがいるならリッチにも勝てるかもしれない。
ただ確実ではない。
リッチを倒すために万全を尽くす必要がある。
獣人全体が協力すればリスクを大きく軽減できるはずだ。
「……分かったわ」
ジケたちが何か言ったところで、獣人は信じてくれないだろう。
ナルジオンが獣人たちに声をかけるのに最適な人であるが、ナルジオンはリッチを抑えておくのにも必要な人となる。
ここはナルジオンの妻であるハルフが相応しいだろうと考えた。
「早速行ってくるわ」
「ピコちゃんも……」
「ピコちゃんはジケ君のそばにいるよ」
「……そうか?」
ここで戦うのは危なそうだから、ピコもハルフについて行って町に戻ればいいとジケは思った。
しかしピコは町に戻ることを拒否した。
「お父さん曰く、危ない時は安全な場所も危ない。危ない時ほど強い人のそばにいろ!」
ピコのお父さんとはオツネである。
危ない状況において、安全な場所だと思って逃げ込んでも危険が襲いくることがある。
それならばいっそのこと強い人を見つけてそばにいる方が安全かもしれない。
という教えをピコに授けていた。
ただし、これはどこか行きがちだったピコを、自分のそばに留めおくための言葉が意図の半分だったりする。
今となってはピコもそれは間違いじゃないなと思う。
この場には獣人最強のナルジオンに加えてジケもいる。
町に行った方が安全という話は分かるけど、なんとなくピコちゃんの勘がジケのそばにいるべきだと叫んだのである。
あと、オツネはあまり強くないこともピコはわかっている。
「ジケ、リッチが!」
どれだけ出てくるだというぐらい獣人アンデッドが出現していて、リッチの姿は見えにくくなっていた。
ジケが戦うならそばにいるつもりのエニは、リッチが空中に浮き上がったのを見ていた。
「町に向かっていったね」
「ジケ……追いかけるぞ!」
何をするのかと思ったらリッチはそのまま飛んで町に向かって行ってしまう。
その時リッチの着ているローブの背中が見えた。
その瞬間グルゼイの目つきが鋭くなった。
何回見たことある紋章がローブの背中には刺繍されていたのである。
「あのリッチは悪魔教だ」
背中の紋章は悪魔教のものだった。
悪魔教は魔神を崇拝し、魔神を呼び出すことを目的とする危険な宗教だ。
これまでにも戦ったことがある、色んな意味で因縁の相手でもある。
グルゼイも悪魔教との間に大きな確執がある。
「結局町に行くんかーい!」
グルゼイがリッチを追いかけて走り出し、ジケたちも町に向かう。
ピコはナルジオンとジケで一瞬迷ったけれど最終的にはジケについていくことにした。
「どこに向かってるんだ?」
雪の上を走るジケたちと違って、空中を行くリッチの方が速い。
ともかく町の方に行っていることは間違いないのだけど、町のどこに向かうつもりなのかは分からない。
「あの方角だと町の中央だろうな」
グルゼイは一人、速度を上げる。
「私は協力を要請しに行きます」
共に来ていたハルフはリッチのことをひとまず置いといて、他の部族にリッチ討伐の協力をお願いするためにジケたちとは別れる。
リッチが大体町の真ん中、つまりは赤尾祭の会場となっている広場のあたりに降りたことは建物の間からギリギリ見えた。
「……なんだ!?」
「ジケ?」
ジケが急に立ち止まり、何かを防ぐように腕を上げた。
その瞬間、強い風が吹きつけて、駆け抜けた。
少し先を走るグルゼイも同じように止まっていて、他のみんなはなぜ二人が止まったのか分からないでいる。
「……なんだかすごい嫌な予感がする」
ジケは見た。
何か魔力の波のようなものが迫ってくるのを。
魔力感知が使えるジケとグルゼイには、突風のようにすら感じられる魔力が飛んできたので思わず足を止めたのだった。
なんの魔力なのか知らないが、魔力の波はそのまま町全体を駆け抜けていった。
「急ごう!」
とてもよくない魔力だったように感じた。
ジケが抱えるフィオスがブルブルと震えて、ジケ自身も心臓が締め付けられるような不安に襲われている。
ともかくリッチが何をしようとしているのか確かめねばならない。
ジケたちは再び町の中央に向けて走り出す。
「ふざけんじゃねえよ!」
「うわっ!?」
「な、なにぃ?」
走っていると突然人が降ってきた。
見上げると木窓が壊れていて、怒り顔の獣人が落ちた獣人のことを睨むように見下ろしていた。
「ぶっ殺してやる!」
落ちた獣人も道の脇に寄せられた雪の上に落ちたのでダメージは少なく、顔を真っ赤にして怒っていた。
「ケ、ケンカ?」
「それにしてはなんだか様子がおかしいですね……」
何が起きたらそんなに怒るのだ、というほどに二人とも怒っている。
「……変だ」
ガシャンと音がした。
別の家からも怒声が聞こえる。
「他の家でもケンカ?」
「しかも一軒だけじゃなさそうです」
「なんだか怖いよ……」
ピコはミミをペタンとさせる。
目の前の二人だけでは無く、他の家々からも争うような声や音が聞こえてくる。
何かしらの異変が起きている。
作者の一言
時々ピコちゃんに対するコメントが来るけれど、みんな意外とピコちゃんのこと好きなのかしら?




