負の感情が生み出す呪い2
「くそ……何者なんだ!」
あんな人間の存在聞いたことがないとフェデミーは怒りの表情を浮かべた。
計画が狂う。
いや、計画がもう狂っている。
「あいつ……何するつもりなんだ?」
フェデミーは山を登っていく。
町の方に逃げて隠れようとするならともかく、山の方に逃げたところで丸見えで身を隠すところなんてない。
フェデミーから見て山の下側にはナルジオンたちがいるから逃げられないことに変わりはない。
けれども、それにしたって山の上に逃げる理由が分からなかった。
ナルジオンたちはフェデミーを追いかける。
他の人はナルジオンの一撃で気絶しているのに、フェデミーは走って逃げているところを見ると案外丈夫なようだ。
「あっ、なんか来たよ!」
ピコが雪山の頂上を指差した。
山の向こう側からフードを深く被った何者かが姿を現した。
「おい! 俺を助けろ!」
フェデミーが血の混じった唾を撒き散らしながら叫ぶ。
「あれって!」
「なにあれ!?」
「……リッチだ!」
フードを被った奴がローブの長い袖に包まれた手をすっと上げると骨の手が見えた。
雪山の下から風が吹き上がり、フードが風でめくれた。
皮も肉もない骨の顔が現れた。
「起き上がれ」
「な、なんだ!?」
「うわああっ、何あれ、気持ち悪い!」
急に雪山のあちこちがボコボコと盛り上がる。
雪の中から手が突き出てきて、ピコはジケの後ろに隠れるように移動する。
「あれは……ザッシュ族?」
雪の中から出てきたのは獣人であった。
しかし様子がおかしい。
目はうつろで、肌は血の気がなくて真っ白である。
雪の中に埋まっていたなら寒くて青くなっていてもおかしくないが、明らかに生気などの生命的な雰囲気を感じられないのである。
「ザッシュ族は何かあるの?」
ジケは顔をしかめて、雪山から出てきた獣人を見ているキバシロを見る。
「いや、今回赤尾祭には来ていない。参加しないというだけでなく部族として誰一人来ていないのは珍しいことだと思っていたが……」
赤尾祭の参加が自由な以上来るも来ないも個人の自由である。
しかし多くの部族が参加、あるいは観戦している中でザッシュ族という部族は参加もしていなければ、観戦にも来ていない様子だった。
部族として行くことを禁じられでもしない限り、観戦ぐらいはしていてもおかしくない。
なのにいないということで、赤尾祭の最初の方では疑問に思ったこともあった。
赤尾祭が始まってしまえば忘られてしまっていたが、こんなところにいたなんてキバシロは驚いていた。
「いきなさい」
「な、なんだ!?」
続々とザッシュ族の獣人が雪の中から出てくる中で、リッチがサッと手を振った。
すると一斉にザッシュ族の獣人がナルジオンたちに襲いかかった。
「そいつらはもう……」
死んでいる。
だからためらわずに戦わねばならない。
そんなことをジケは叫ぼうとしたが、動揺しているハクロウ族の獣人を置き去りにしてナルジオンは飛び出した。
一番近いザッシュ族の獣人の顔面に拳を叩き込む。
殴られて後ろにいたザッシュ族の獣人も巻き込みながら吹き飛んでいく。
容赦のない一撃だった。
「何をしている。たとえ生きていようと死んでいようとも、かかってくるなら戦うことに変わりはないだろう」
ザッシュ族がどのような状態なのかはみんなうっすら分かっていた。
リッチによって殺され、リッチによって魔物として操られている。
あまりに非道な行いにみんなは動揺を隠すことができなかったが、ナルジオンは動じなかった。
たとえ生きていたとしても、襲いかかってくるなら倒すだけだと同情を振り切った。
「何が起きているのかは知らん。だが目の前で起きていることを許すな!」
仲間がリッチに操られている。
なぜリッチが現れ、なぜザッシュ族はこんなことになっているのか。
知りたいことはいくつもあるがそれは後で聞き出せばいい。
今は襲いかかってくるザッシュ族を倒すことが優先で、その奥に逃げるフェデミーとリッチを捕らえるのだとナルジオンは戦い始めた。
「あわわ……これどういう状況?」
ハクロウ族とザッシュ族が戦い始め、ピコは状況が分からずに顔を青くしている。
「分からないけど……あのリッチが黒幕のようだな」
ジケもイマイチまだ状況は把握しきれていない。
どうしてこんなところにリッチが現れたのか非常に謎である。
フェデミーとの関係も分からないけれど、フェデミーがリッチに助けを求めようとして、リッチがフェデミーを助けようとしていることはひとまず間違いない。
リッチといえば魔法に精通している魔物である。
リッチになるためには単なる魔法だけでなく、呪いの分野でも知識が必要だ。
となるとハピシンにかけられた呪いの黒幕はリッチであると断言してもいい。
「どどどど、どーするの!」
流石のピコも動揺を隠せない。
ジケの腕を掴んで激しく揺する。
ジケも動揺しているけれど、ハクロウ族の後ろの方にいたためにまだザッシュ族の獣人に襲われていないので広く状況を俯瞰することができた。




