怪しい気配5
「えーと……どれだっけ?」
何にしても呪いというのも色々ある。
つまりそれを調べようと思うと色々調べねばならないのである。
棒とか玉とかハビシンに持ってもらって反応を確かめる。
こういうのも一個の魔道具にまとめてくれればいいのに、とジケの素人考えでは思ってしまう。
だが簡単にもいかないのだろうなということもちゃんと分かっている。
「……うん」
「どうだ?」
腕を組んで立っているナルジオンはひどい貧乏ゆすりをしている。
そんなにプレッシャーをかけられると流石に怖い。
「呪いであることは間違いないですが……治療はできません」
「何だと!」
「ぐっ……」
ナルジオンはジケの胸ぐらを掴んで持ち上げた。
先ほどと違って直接首を掴まれていないだけマシだが、それでも持ち上げられると苦しい。
「貴様! 治療させろと言っていたではないか!」
「話は……最後まで……」
「お父さん! ……うっ、ゲホッ!」
「ハビシン! 無理をするな!」
「その人、まだ何か言いたそうだよ!」
助け舟を出してくれたのはハビシンであった。
「……あまりふざけたことを抜かすと八つ裂きにするからな」
理性的な人に見えていたけれど、結構感情的に動く人だった。
「治せないのにも理由があります。治しても無駄だから治せないんですよ」
「もっと分かりやすく言え」
「呪いはまだ終わってません」
「なに?」
「今現在もハビシンは呪いにかけ続けられています」
呪いを解除するための方法も当然用意してきた。
それで治せるのなら話は早かったのだが、それでは治せないのだ。
正確に言えば一時治すことはできるだろう。
けれどもハビシンはまたすぐに呪いの影響を受け体調を崩してしまうことになるから治せない、とジケは言ったのである。
その原因は呪いがまだ続いているから。
呪いをかけて、その影響で体調を崩すことはあり得る。
ただどう呪いをかけるか、にも違いがある。
単発か、継続か、ということがあるのだ。
体調を崩せという呪いをかけるとして、呪いをかけて発動すればそれでお終いというのが単発の呪い。
体調を崩せという呪いをかけるとして、呪いをずっとかけたままにしておくのが継続の呪いである。
単発の呪いなら話は簡単だ。
呪いを解いてしまえばそれで治療は終わりとなる。
体調が回復すれば問題がない。
ただ継続の呪いだと話は途端に変わってくる。
何らかの方法、あるいは誰かがずっと呪いをかけているのだ。
たとえ一時的に解呪したとしても、呪いをかけ続けているのでまたすぐに呪われた状態に戻ってしまう。
これでは治療の意味もない。
「ハビシンを助けるためには呪いの元を立たねばなりません」
ハビシンにかけられている呪いは継続の呪いである。
誰かが簡単には呪いを治せないように呪い続けている。
ハビシンを治すためには呪いを解呪するのではなく、呪いの元を断つ必要があるのであった。
「呪いの元だと?」
「これも色々とあるのですけど……」
「ここで何をしている!」
ハビシンの呪いについては色々複雑そうで、専門家でもないジケでは説明も大変だ。
治すためには必要なことも多くて、説明しようとしていると部屋の中に男が入ってきた。
ずんぐりむっくりとした体型の男性で、丸顔に丸みを帯びた灰褐色の毛色のミミをしている。
「ナルジオン……困りますよ、勝手に入られては」
「悪いな、フェデミー。この子がハビシンに会わせてほしいというからな」
男の名前はフェデミーというらしい。
そう言えば少し前に医者の名前がフェデミーと言っていたなとジケは思い出した。
「この子が? なぜそんな?」
「ハビシンを治療するためだ」
「治療? このような子供が? 私でも原因が分からないのですよ? 子供にわかるはずがありません!」
フェデミーはジケを見て呆れ返ったようにため息をついた。
「出て行ってください! ハビシンには安静が必要なのです! 絶対にこの家から出してはいけません」
「フェデミー……」
「たとえあなたが相手でも私は意見を曲げませんよ。医者がいなくなって困るのは獣人たちですよ」
「…………」
フェデミーはナルジオンを相手にしても一歩も引くことがない。
ナルジオンは渋い顔をしているけれど、強くも出られないようであった。
「もう二度と来ないでください。さっ、早く出てください」
全くもって話を聞いてくれるような雰囲気ではない。
フェデミーによってジケたちはハビシンが隔離されている家を追い出されてしまったのであった。
「あの人は……」
「医者のフェデミーだ。獣人唯一の医者でな。いなくなられると困るのは確かだ」
ナルジオンは険しい目をして閉じられた家のドアを見る。
何となくだけど、ナルジオンもフェデミーのことはよく思っていないように感じられた。
「……呪いというのは確かなんだな?」
「はい、そうです」
「呪いの元を断つ方法はあるのか?」
「あります。ですがハビシンの近くでないと……」
「今一度説得してみよう。ダメなら別の方法を取る」
「……分かりました。お任せします」
何だか、あのタヌキ親父信用できないな。
そんな風に思いながらジケたちは一度宿に戻ることにしたのだった。




