怪しい気配1
「まさか人間が勝ち抜いてくるとはな」
「俺も必死なんだよ」
順調に勝ち進んだジケは決勝まできていた。
多少の危ない場面はあったものの怪我もなく決勝まで上がってくることができたのである。
「いけー! ジケくーん!」
「会長頑張ってください!」
「そんなクマ野郎倒しちまえ!」
決勝の相手は一人しかいないのでくじ引きするまでもなく分かっている。
決勝の相手はマクベアであった。
コウユウ族の青年で、優勝候補と言われていたマクベアも順当に決勝まで勝ち上がったのである。
ここまで勝ち上がればジケの実力を疑う人はいない。
ジケを疑えばこれまでジケが勝ってきた人たちの実力も疑うことになるので、獣人はそんなことしないのである。
つまりナメてかかってきてくれることなんてないのである。
「悪いけど勝たせてもらうよ」
試合が始まってジケは一気にマクベアに斬りかかった。
マクベアが使っている武器は槍ほどにも柄が長い斧である。
横振りの剣をマクベアが軽々と受ける。
だがジケはマクベアの顔がほんの一瞬歪んだことを見逃さなかった。
そのまま激しく攻め立てる。
決勝までの間マクベアの戦いは見ていた。
スピードもかなり速い相手ではあるけれど、やはり戦い方としてはパワータイプである。
どんな相手でも力でねじ伏せてきた。
「人間に負けはしない!」
柄を使って巧みにジケの攻撃を防いでいたマクベアがジケの隙を狙って斧を振り上げた。
ギリギリでかわしたジケの耳に風を切る轟音が届く。
木で作られた武器とはいえ、当たればタダじゃ済まないだろう。
「当たれば……な」
たとえ一撃でジケが吹き飛んでしまうパワーがあっても、攻撃が当たらなければ意味がない。
マクベアの武器としても距離がある方がパワーが乗ることは自明の理であるので、距離を取らせないように近づいて戦い続ける。
「くっ……この!」
ジケの攻撃を嫌がってマクベアが横に大きく斧をふる。
軽く飛び上がって斧をかわしながら剣を突き出す。
「やっぱり……怪我は治ってないな」
マクベアには大きな変化があった。
ユダリカと戦うまでは薄手の上着しか着ていなくて、まるで肉体を見せつけるようだった。
なのにユダリカと戦った後のマクベアは体を見せつけることをやめていた。
単なる服装の変化、微妙な違いであり、気にすることもないのかもしれない。
しかしジケはマクベアの服装の変化に理由があると考えていた。
確証はなかったけれど、実際に対面して戦ってみるとハッキリした。
マクベアは脇腹を痛めている。
「ただじゃ転ばないな」
ユダリカとの戦いでマクベアは最後に相打ちで終わった。
マクベアの一撃でユダリカは気を失ってしまったのだけど、ユダリカの一撃もマクベアに届いていた。
ジケから見たユダリカの一撃も決して軽くはなかった。
勝者は怪我の治療ができない。
マクベアにはユダリカの一撃のダメージが確実にあるはずで、それを隠そうとしているのだとジケは推測していた。
ユディットも肩を攻撃されて、ひどい状態になっていた。
同じように見た目にも分かるほどに状態が悪くなっているのだろう。
決勝までの戦いでマクベアの様子におかしなところはなかったけれど、攻撃を防いだり無理にかわそうとすると少しだけ顔が歪む。
脇腹が痛むのだ。
ひどい怪我ほど時間が経つと痛みが増してくる。
マクベアは今かなり無茶をしている。
「離れろ!」
脇腹が痛むので素早くも動けない。
積極的に脇腹を狙うジケにイラついたようにマクベアが斧を振る。
攻撃力こそ変わらないが、余裕はなくて反撃の手数も少ない。
気づいたらマクベアは大汗をかいていた。
戦いで体を動かしてのものだけでなく、脇腹の痛みもひどいのだ。
「ぐぅっ!」
ジケは攻撃しながら剣からパッと手を離してマクベアの脇腹を殴りつけた。
普段ならジケのパンチ程度ものともしないマクベアも、怪我したところを殴られて苦痛に顔が歪む。
「ユダリカに感謝だな」
ジケは勝負を決めようと一気に攻勢を強める。
脇腹を狙うと明確に嫌がって防御する。
ジケが脇腹への攻撃をフェイントとしており混ぜると、マクベアのペースはあっという間に崩れる。
「俺は……負けないぞ!」
ジケにできたほんの一瞬の隙。
マクベアは歯を食いしばって斧を横に振った。
「ジケ君!」
近かったので柄ではあるもののジケの胴体に斧が直撃した。
当たれば一撃で勝負を決めてきたマクベアの攻撃が当たってしまい、ピコは思わず息をのんだ。
「……なに!?」
マクベアも勝ったと思って一瞬笑みを浮かべた。
けれどもジケは腕を巻き付けるようにして斧を捕らえた。
「くらえ!」
全くダメージがあるように見えないジケは、斧を捕まえたままマクベアの脇腹を剣で思い切り突いた。
「ぐふっ!」
痛いところを突かれた。
全身に電撃でも走ったように痛みが駆け抜け、マクベアは斧から手を放して大きく後ろに下がる。
それでもまだ意識を保って戦う意思を見せているのだからさすがだとジケも思う。
「終わりだ!」
降参を提案したところでマクベアは受け入れないだろう。
ジケは斧を投げ捨ててマクベアと距離を詰める。
「く、そ……」
防御すらできず、マクベアはジケにアゴを剣で殴り飛ばされた。
白目を剥いて一回転しながらマクベアは気を失って倒れる。




