望むは、争い
「それでおめおめと帰ってきたというのか!」
先の丸い大きなミミを持った髭面の男が同じミミを持つ男の頭を鷲掴みにした。
同じようなミミはしているが髭面の男の方が体格的にはるかに大きく、頭を包み込むように掴まれて男は苦悶の表情を浮かべる。
頭がミシミシと音を立てるようだが他の獣人たちも止めになど入れない。
「人間に負けて……気絶で済まされたか。その場で首でも掻っ切って死ねばよかったものを」
頭を掴まれている男を含めて髭面の男の前にいる男たちはジケを襲撃した獣人たちであった。
男たちが起きたらすでにジケたちはいなかった。
凍えないようにと六人まとめて集めておかれたなんて情けもかけられて、襲撃は完全に失敗に終わってしまった。
男たちは独断でジケを襲撃したのではない。
命令されてジケを襲撃したのだ。
「人間の命如き奪うこともできない奴らが我が一族だとはな……この恥晒しめ……」
「う……ぐ……」
髭面の男の手により力が入る。
頭を掴まれた男の顔はすでに青くなっている。
「オオグマ様、それぐらいになさってはいかがですか?」
フードを被った男がそっと髭面の男の手に触れる。
「このような者でも戦争が始まれば矢避けぐらいにはなりましょう」
「……ふん」
オオグマが手を離すと男はそのまま気を失って床に倒れる。
「こいつを片付けろ!」
「は、はい!」
オオグマは不機嫌そうにため息をついて大きな椅子にドカリと座る。
「本当に戦争は起こるんだろうな?」
「もちろんですよ。このままいけば戦争は起こります」
フードの獣人はオオグマの鋭い視線を受けても平然と笑顔を浮かべる。
「ただあの人間どもが何をするつもりなのか……」
「ふっ、赤尾祭に参加しにきたというが怪しいものだな。だがたかだか人間が赤尾祭で勝てるはずもない」
「皆様が負けるはずもないと分かっておりますが少しでも心配のタネになるなら事前に排除しておくべきかと……」
「これ以上の行動は起こせん」
「なぜでしょうか?」
「赤尾祭期間の争いは厳しく禁じられている。そろそろ夜の監視も厳しくなるのだ。勝手にやったなど言っても部族ごと責任を負わされることもある」
争いの禁止は暗黙のルールであるが、ちゃんと取り締まりもされている。
全ての時間、全ての場所で見張られているわけじゃないが、赤尾祭が近づくにつれて町の雰囲気も熱を帯びてくるので監視の目も厳しくなるのであった。
オオグマが命令したとバレずとも、あまりにも程度がひどければ一族丸ごと責任を負わされることもある。
血の気の多いオオグマは少しのことでも処罰されてしまう可能性が高かった。
「昔なら多少血を見たぐらいで騒ぎになることもなかった……どれもこれもナルジオンが部族会のトップになったからだ」
オオグマは椅子横にあるテーブルの上の酒瓶を掴むと直接口をつけて一気にあおる。
「最近の獣人は貧弱になってしまった!」
酒瓶を叩きつけるようにテーブルに置く。
「闘争の中に本能があり、本能こそが我々獣人の磨き上げるべき牙なのだ! ナルジオンのやつは牙を抜かれた獣人だ。今一度我々がただ大人しくしているだけの存在ではないと知らしめる必要がある」
あまりに握力が強くて酒瓶が握りつぶされてしまう。
「ええ、おっしゃる通りでございます」
フードの男はニヤリと笑ってうやうやしく頭を下げた。
赤尾祭の時はもう目の前に迫っていた。




