人間嫌いな獣人もいるよね1
「ユディット、送っていこう」
「分かりました」
「わざわざありがとね。ジケ君良い男」
「お褒めにあずかり光栄です」
軽く要注意人物なんかをピコから聞かせてもらった。
後の赤尾祭周りの情報は実際人の顔を見ながら解説してもらうことにした。
一日単位でピコを雇っているので何もせずにピコを遊ばせておくのも勿体無い。
なので町の案内でもしてもらった。
ついでにナルジオンにでも会えないかなと思ったのだけどそんなに甘くもなかった。
日も落ちてきたのでピコを帰すことにした。
そのまま宿に泊まって一緒にいるという選択肢もあったけれど、今のところ必要なことは聞いたので一緒に泊まるまで必要はない。
自分の家の方が気兼ねなく休むこともできるだろうとジケはピコを送り届けることにした。
たとえ自分が住んでいる町だろうと女の子を遅い時間に一人で帰すことはいかがなものかと思うのだ。
ユディットと二人でピコをオツネのところまで送り届ける。
「人間さんってみんなそうなの?」
「何がだ?」
ピコはジケの心遣いに驚いていた。
強くあれというのが獣人の中での共通した考えである。
一人で帰るぐらい普通のことでわざわざ心配してくれるような人の方が少ない。
なのにジケは女の子だからと付き合いの浅いピコのことを心配して、わざわざ送り届けようとしてくれている。
獣人とは違う男らしさというものをピコは感じていた。
これが人間の普通なのだろうかと同時に疑問にも思った。
「俺はこれぐらい普通だと思うけど……」
「普通じゃありませんよ」
「そうなのか?」
ジケとしてはピコを送り届けるぐらいなんてことはなく、自然と送り届けようと考えた。
けれどユディットはほんの少し呆れたように笑う。
世の中色んな人がいる。
女性を送り届けるような人ももちろんいるだろうけど、まだ付き合いの浅い子を、しかも獣人の町で送り届けようとするのは普通というほどまで普通ではない。
紳士的、女性に対して丁寧な方だろうとユディットは思う。
「そんなもんなのかね」
「ジケ君が素敵な人ってことね」
「その通りですね」
「あんま褒められると恥ずかしいな。悪い気はしないけど」
ユディットが手放しでジケを褒めるのはいつものことである。
ただ今回はピコも褒めてくれている。
本心なのか分かりにくいところはあるけれど疑うよりも素直に認めておこう。
「さて……このお客さんはどっちのお客さんかな?」
「なんの話?」
歩いているうちに周りはあっという間に暗くなり、明かりはユディットが持つ魔道具のランプだけとなっていた。
獣人の町は暗い。
寒い地は日が落ちて夜になるとより一層寒くなる。
熱を遮断するローブを着ているから体は平気だけど、顔は少し痛いくらいである。
ピコの方は寒そうだ。
もう少し早く帰すべきだったなと思った。
夜の寒さが厳しくなる時間に獣人は外に出ない。
よほどのことがない限り日が落ちる前に家に戻るのだ。
「周りを囲まれてるな」
それなのにジケたちの周りに何人かの獣人が隠れていることをジケは感じ取っていた。
いかに気配を消そうともソコイぐらいに姿を消せないとジケの魔力感知をすり抜けることはできない。
建物の屋根の上、薄暗い路地の影とジケたちに気づかれないようについてきている。
ちゃんとついてきていることを確認した上で目的は確実に自分たちだろうとジケは立ち止まった。
「えっ? なになに? 囲まれてる? どこ?」
ピコは周りをキョロキョロと見回すけれど人の姿はない。
ミミも動かして人はいないか探してみたが全く分からない。
「人数は何人ですか?」
「六人」
ピコは本当にいるのかと疑いの目をジケに向けるがユディットはもう片手を剣にかけている。
ジケの魔力感知についてはよく分かっている。
今ユディットに見えていないものでもジケは魔力を通して見えている。
「出てこいよ」
今対処すべきか少し迷った。
ピコが目的ではない場合、何も知らない顔して送り届けてしまった方がいいかもしれない。
一方でピコが目的だった場合、そのまま送り届けてしまうと危ないかもしれない。
ジケたちが目的ならいつ対処しても変わらない。
ピコのためにも今対処してしまうことの方が結果的に安全である。
ただ目的は自分たちだろうなとジケは思っていた。
「あっ、本当に人いた」
路地から人が現れてピコは驚きに少し目を開ける。
顔に布をかぶっていて目元しか分からない。
よく見ると頭の部分が膨らんでいるので獣人だろうことはうっすらと分かる。
顔を隠した獣人なんて怪しさしかない。
「人のこと尾行して何が目的だ?」
バレてないと思っているのか他の人は出てこない。
「人間が赤尾祭に参加しようなど傲慢だとは思わないか?」
「参加できるんだから別にいいだろ」
口元も布で覆っているのでこもったような声をしている。
「今戦争の機運が高まっている。何が目的でこんなところに来た? スパイか、戦争でも止めにきたのか?」
「お祭りを楽しみに来たんだよ」
会話の相手はジケである。
つまり目的はジケたちの方だなと察した。




