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変人師弟

「のわっ!」


「大丈夫か、エニ?」


 エニの足が雪に沈み込む。

 慎重に歩いていても不意にズボッと抜けたように足が沈んでしまう。


 ジケが手を差し出すとエニはジケの手を取って足を抜く。


「もう! めんどくさいなぁ!」


 下手すると連続してズボズボしてしまうのでエニも少しストレスだった。


「まあ、まだマシですよ」


 キノレは穏やかに笑う。

 雪の上を歩けるだけまだいい。


 もっと雪がサラサラとして柔らかければ胴まで埋まって誰かが道を作っていくしかなくなる。


「対策はないの?」


「あるにはありますが……今手元にはありませんね」


「何度沈んでも手貸して……うわっ!」


 今度はジケが足を取られた。


「ジケ、大丈夫か!」


「あっ!」


 サッとユダリカが手を差し出す。

 ユディットが出遅れたという顔をする。


「ありがと、ユダリカ。意外とこんなふうに歩いてると体力使うよな」


「吹雪がなかったらもうちょっと楽だったかもしれないね」


 ゲツロウ族のところにいた時に丸一日降り続いた吹雪の影響は大きい。

 雪が降り積もったために足が沈み込みやすくなっている。


 その前まではしばらく雪が降っていなかったのでもっと歩きやすかったのだ。


「師匠はスイスイと歩いていますよね」


 ふとジケはグルゼイが雪に足を取られているところを見ていないなと気がついた。

 いかにグルゼイだろうと人である。


 浮いているわけでもないのにどうしてもグルゼイは平気で歩いているのか気になった。


「ようやく気づいたか」


「あっ、何か秘密があるんですね?」


「日頃から言っているだろ。観察を怠るなと」


 日常の小さなことにも気づきがあるとグルゼイは言う。

 戦う時に目の前の敵を観察するだけではなく常日頃から周りをよく見ておくが大事だとジケは教えを受けていた。


 そうした教えがあるから色々と気づいたりするというところがあるとジケ自身も思っている。

 ただしその代わりにグルゼイは手取り足取り丁寧に教えてくれるタイプの師匠ではない。


 ジケ自ら気づかねば教えてくれないこともあるのだ。

 グルゼイがこうしたことを言うということは何かをしているということなのだ。


「俺の観察もそうだが雪を視てみろ」


「雪?」


 グルゼイが口にする“みてみろ“には二つの意味がある。

 文字通り目で見ることもあるけれど、目ではなく魔力感知で感じてみろという意味のこともある。


 もちろんジケも普段から魔力感知は展開している。

 雪原で視界がいいからと油断はしていない。


 雪を目で見ても何もならない。

 ということは魔力感知だろう。


「魔力感知でも雪は雪ですよ?」


 魔力感知で雪を視てみるが雪は雪である。


「観察が甘いな」


 グルゼイはわずかに笑う。

 弟子入りしたばかりの頃なら険しい目で見られたのかもしれないがちょっと丸くなったものだ。


「もっと集中しろ。目で見れば均一にも見えるがその実わずかな濃淡がある」


「……確かに、そうですね」


 目で見るとただただ白が広がっているけれど、魔力感知で見てみるとわずかな違いがあった。

 魔力が違うというよりも風やこれまで誰かが踏んだなどの影響から雪の積もり方が少しだけ違うのだろうとジケは思った。


「ふわりと雪が積もっているところもあれば周りよりも雪が締まっているところもある」


 実際グルゼイが言うほどの差もないのだが違いがあることは確かであった。


「まさかこれで?」


 魔力感知を駆使して周りよりも沈みにくいところを選んで歩いている。

 秘訣としてはやや地味だし、それだけで足が沈むことを避けられるものなのかとジケは首を傾げる。


「だから観察が足りないのだ」


「……まだ何かあるんですね?」


 グルゼイは答えることなくただ歩く。

 ジケはグルゼイの動きに意識を集中させる。


 そしてすぐに気づいた。

 グルゼイが足をつくと足よりも大きい範囲の雪が潰れるのだ。


「一瞬の放出……」


 なぜ直接踏んでいないところまで雪が潰れるのかもすぐに理解した。

 グルゼイは足から魔力を放出しているのだ。


 足裏だけではなく足全体から足をつく瞬間に魔力を出している。

 広い面積で体重を分散させればそれだけ足が雪を踏み抜きにくくなる。


 雪を踏む瞬間に魔力を放出することで体重を分散させているのだとジケは気づいた。

 瞬間的な魔力の放出と放出された魔力の維持は魔法を切るために必要不可欠な技術である。


 グルゼイはそれを応用していたのだ。


「洞窟もこれで……」


 ジケはハッとした。

 歩きにくい洞窟でもグルゼイは平然と歩いていた。


 魔力感知で歩きやすいところを見抜いていただけでなく、足をつける瞬間、あるいは離す瞬間に魔力を放出することで体を支えてなんてことはないように歩いていたのである。

 もちろんグルゼイ自身の鍛え上げられた体幹もあるだろう。


 細身に見えるグルゼイの体は実際鋼のように鍛えられている。

 魔力感知、魔力の放出、そして鍛えた肉体と優れた感覚と肉体を動かす経験が浮いていてもおかしくないかのような歩行を実現している。


「気づけたのならこれも修行だ。覚えておけば足場の悪い場所でも戦える」


 まだまだ教わることはあるのだなとジケは感心してしまう。


「……私はフィオスに乗る」


 グルゼイのやり方はエニにはできない。

 またしても足がズボッと沈んでエニはムッとしたようにフィオスソリに乗り込んだ。


「あんな変人みたいなことできないもんね。フィオス、ちょっとお願いね」


 エニがフィオスソリの内側の青いところを撫でると内側全体がプルンと揺れたのであった。

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