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最終話『今度は二人で』

「――俺が魔王をぶっ倒す!」


 あの頃の俺は何にも考えていない世間知らずのクソガキだった。魔法や剣術が人より得意なことや王子という立場が、そんな俺を増長させていたのだと思う。


 そんな俺の「魔王を倒す!」という無責任な発言は、子どもの俺なりのリップサービスのつもりだった。子どもの頃はちょっと良いことをしたら褒められたり、喜んだりされることは多いと思う。

 それの延長で、いつも自分の世話周りの大人が喜ぶ言葉をナターシャにも投げかけたのである。


 当時の俺にも魔王が悪だという漠然とした認識くらいはあった。

 だから、そんな魔王によって自由が制限されているナターシャに、魔王を倒すと言ったら喜んでくれると思ったのだ。

 本当にそれだけの理由で発した言葉だ。どうやってそれを成し遂げるとか、そう言った具体的な中身に関しては何にも考えてはいない。


 勿論、彼女はそんな上辺だけの、中身の無い俺の理想には一切靡かなかった。


「応援してます、頑張ってくださいね」


 そう言い面会時間の終わりを知らせる鐘の音が鳴ると同時に、ナターシャは服を脱ぎ始めた。その時の俺のナターシャに対する印象は、「変なやつ」だったが、それと同時に他の人たちとは違う惹かれるものを感じてもいた。


 自分で言うのもなんだが、俺はいつも世界の中心だった。誰かにぶつかれば勝手に頭を下げられ、何かを言えば周りが勝手に耳をそば立て体良く振舞ってくれた。


 皆が皆、王子としての俺しか見ていない。俺を俺として見てくれているのは、家族だけだった。だから、そんな王子である俺に対して媚びないナターシャに興味を抱くことは、ある意味必然だったのかもしれない。


 それから俺は巫女のことについて調べ始めた。巫女として選ばれた者は、自らの生涯全てを捧げて国のために尽くし、人類を魔族の脅威から守るという役割が与えられて――いや、強制されている。


 そういった上辺だけの知識だけじゃなく、彼女たち巫女が実際にどのような修行を行っているのか、どんな生活を送っているのか、どのような生涯を送るのか……。

 そういったことを俺なりに体験したり、考えたりするようになっていった。


 それから俺のスカスカの理想に、中身のある現実が肉付けされていく。

 その中に、彼女と一緒に過ごす未来を思い描いたのは、もう少し大人になった後のことである。


  ◆


 初めてナターシャと出会ってから4年が経った。


 俺は時間を見つけては神殿に通い詰めていた。

 当初は、俺がナターシャに手を出さないかどうかを神殿の者たちに見張られていたが、徐々に信を得ていく。

 いつからか監視の目は無くなり、今では顔パスでナターシャのいる部屋まで同伴者を連れずに入れるようになっていた。

 ……まぁ、王子という俺の立場を最大限利用もしたけどな。


 身清めの儀と呼ばれる巫女の儀の準備時間、そのほんの少しの時間のみが、俺とナターシャの謁見が許されている。

 正座しながら此方を見るナターシャが、俺に言う。


「貴方も中々の物好きですね……。そんなに暇なんですか、王子って……」


 相変わらずぶっきら棒な態度は変わらないが、これでも以前よりも俺に心を開いて話してくれるようにはなっていた。

 こんな軽口なんて、ちょっと前までは想像できなかったくらいだ。


「巫女のお前と比べたら、な。そういうナターシャこそ、いつも面会を断らずに俺と会ってくれて嬉しいぜ!」


「貴方があまりにしつこくて、可哀想だから仕方なくこの部屋まで通しているだけです! そんな風に色々な女の人たぶらかせて、その……エッチなこととかしてたら、怒りますからね?」


「そんな暇あるならここに来て、1秒でも将来の嫁の顔を拝んでる方が有意義ってもんさ!」


 ナターシャの顔は見る見るうちに紅潮していく。


「もうっ、身清めの儀の後には、祈りの儀があるんですよ!? あまり私の心を乱さないでください! 結界の強度が落ちたら貴方のせいですよ!?」


「おっと、すまん、すまん。でもよ、ナターシャからそんな言葉が聞けるとは……昔よりも少しは俺に惚れたか?」


「……ちょっとだけ。ほんの少しは……その、気にはなるかも」


「……え? ちょっマジ!? うわぁ……。めっちゃ嬉しい! やばっ!?」


「ちょっと、なんでそこでいきなり本気のトーンで喜び始めるんでるんですか!? ほんとに、ほんのちょっぴりだけ……ですからね! って、聞いてますか、人の話!?」


 からん、からんと時報を知らせる鐘の音が鳴り響き、面会終了の時間が近づいていることを知らせる。


「あっ……」


 名残惜しそうなナターシャの声音が、鐘の音に飲み込まれた。


「……まぁ、元気そうで良かったよ。邪魔したな、また来る」


 そう言い、俺はナターシャに背を向けて立ち去ろうとすると、珍しくナターシャの方から俺を呼び止める声がした。


「待ってください、シュヴァルツ様! 次は……いつ来てくださるのでしょうか……?」


「どうしたんだよ、いつもはそんなこと聞かねーくせに」


「なんとなく、貴方の様子がいつもと違うような気がして……。いつもなら、その、祈りの儀がある際は、私の心を乱すようなご発言は……なさらないので……」


 女の勘は鋭いな、と俺は感心する。


「いつもよりは……来れない時間が長いかもしれないな」


「1ヶ月後……2ヶ月後ですか? もしかしたら、半年……それとも……1年?」


「……」


「教えてください! せめて、貴方が何をしに行くのかだけでも……! でないと、私は巫女としての役割を上手くこなせなくなるかもしれない……」


「……それは大変だ。黙って世界を救いに行こうと思ったが、それどころじゃなくなるな」


「……まさか、魔王を倒しに行くというのですか!?」


「……そのつもりだ」


「もしかして、私のため……?」


「俺のためだ……!」


「早急にお考えを改めてください! 私は自由になることを望んではおりません! ただ貴方と――シュヴァルツ様とこうやって話せるだけで十分すぎるほど幸福です! 他のどんな女性を愛しても私は気にしません! もし、もし……私のことに飽きたり、嫌いになったのなら、二度と姿を見せて頂かなくても構いません。だから……!」


 いつものナターシャとは思えないほど、感情が乗っかった声が室内に響く。怒号であり、悲鳴であるそれは、最後に懇願へと変わる。そんなナターシャに俺は近づいた。


「すまん、ナターシャ。後でしっかり身体清めといてくれ! 少しだけ、穢す……」


 そう言い、俺はナターシャを抱き寄せた。俺たちがお互いに触れ合ったのは、この6年間でこれが初めてである。この程度で巫女の力が根本から損なわれる事はないが、色々と歯止めが効かなくなる事を恐れ、俺はナターシャを強く抱きしめたい気持ちを強く自制する。


「勘違いするなよ。俺は世界を救いに行くだけだ。何も死にに行くわけじゃない。それに、きっかけはたしかにお前だったが、このままだといずれ人類は魔族に滅ぼされてしまう。いつか、誰かがやらなくちゃならないんだ!」


「だからといって、それがシュヴァルツ様である必要はありません! どうか、ずっと生きていてくださいっ……! お願いしますっ! お願いしま……す……!」


 ナターシャは俺の胸元で泣き続けた。そんなナターシャのあごを俺は持ち上げると、彼女の顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。


「ガキの頃、俺が魔王を倒すと言ったのを覚えてるか?」


 ナターシャは黙って頷いた。


「あの時の俺は世間知らずのただのクソガキだった。人よりも恵まれた人生で、何不自由なく、そして快適に生きてきた。だけど、その裏側でナターシャのように世界を支えている人たちがいることを知ってからずっと、俺にできる事は何かを模索し始めた。俺はワガママなんだ。妥協した平和の向こう側に、俺の望む幸せなんてありはしない。だから、俺は魔王を倒して平和な世界を取り戻す!」


 俺はナターシャを見て続ける。


「祈っておいてくれないか。俺はそれだけで必ずお前の元に帰って来る! 必ず!」


 俺の変わらない覚悟がどうやら伝わったらしい。ナターシャも俺と同じく覚悟を決めた。


「絶対に帰ってきてください……! その時は、今よりももっと素直に――貴方と恋をしたい」


「俺を誰だと思ってる? お前の婚約者だぞ? ……まぁ、魔王を倒したらその枷も、全部消えちまうか」


「いいえ、これは枷ではありません。私が貴方を――貴方が私を見ている限り、これは貴方と私の繋がり。だから、貴方が無事魔王を倒して戻ってきた時は、私を巫女ではなくただのナターシャに戻してください。そして、ずっと私を貴方の側に置いて……!」


「誓うよ、俺はずっとナターシャの側にいると……」


 俺はナターシャの手の甲に誓いのキスをする。必ず戻ると言う約束と共に――


  ◆


「――俺はイザベラを討ちに行く」


 俺はナターシャにそう宣言する。


 イザベラの魔法は強力だった。しかし同時に、あれほどの魔法の行使は、術者への負担も大きくなると考えられる。

 退魔の力によって打ち破られたことによる反動を考慮すると、ただの魔族ならば間違いなく死んでいるか、仮に生きていても廃人と化しているだろう。


 ……だがやつは今までの魔族とは根底から違う。


 そんなやつが今まで人間に認知されずに、水面下でその存在を隠して動いていた。

 イザベラの半人半魔の特性が、そのまま退魔の力に対する耐性に繋がっているのだから、生死を確認せずに野放しにしておくことは愚策だ。


 それにもし、俺がこの国に留まり続ければ、回復したイザベラの攻撃をまた受けることになるだろう。その時、この国が無事だという保証はどこにもない。


 幸か不幸か、イザベラが俺の記憶を書き換えようとした時、やつの根城がわかった。おそらく、俺を操った後、そのまま俺をその地へ招き入れようとしていたのだろう。


 ……上等だ! 俺とナターシャの思い出を穢そうとした無粋な悪魔に、直々に裁きの鉄槌をくだしてやる!


 俺は拳を強く握りしめていると、ナターシャの声がかかった。


「あの、シュヴァルツ様。もしかして、またお一人で行かれるおつもりではないでしょうね?」


 いつになく、穏やかな声色だ。表情だけなら女神と言える美しさだが、何故か俺は見えない圧力を感じていた。


「……そのつもりですが?」


「一つお聞きしたいのですが……貴方は何故いつもそうやって、お一人で何でも解決しようとされるんですか?」


 そう言うと、カタカタと花瓶の揺れる音が聞こえて来た。……どうやらナターシャはかなりご立腹らしい。


「しっ、しかし、ナターシャ!? これは全て俺の問題でして……!」


「口調はお変わりになられたようですけど、その辺りの考え方は以前と全く変わりませんね!」


 笑みは更に深まり、見えない圧力は増していく。


「すみません、ですが、貴方を危険な目に遭わせるわけには……」


「貴方は……待たされる側の気持ちを考えたことがありますか?」


「……!」


「もう貴方の帰りを願うだけの巫女とは違うんです! だから、私も一緒に着いて行きます! いいですねっ!」


「ナターシャ。……しかし貴女にはこの国を魔族から――」


「共に行け、息子よ!」


 俺とナターシャ以外の声が響き、その方向に視線をやると母さんの姿があった。


「母さん! ……何故ここに!?」


「女王の力を私的利用すれば、息子の家の合鍵を作ることなんて造作もないことさ。……まぁ単にお前の様子を見に来ただけだったんだが、偶々お前たちの話を耳にして、な。ナターシャの思いを汲みとってやれ。彼女はもう我が国の人間兵器ではない。お前の婚約者……でもないか。ただの我が国に属する民間人だ。誰かの意志に束縛される存在ではない」


 ……そうだ。ナターシャが自由に自分の人生を生きられるように望んだのは、この俺自身だ。その俺が彼女の選択を否定するのは間違ってる。


 ただ、一つだけ母さんに――否、女王陛下に確認したいことがあった。


「……もし魔族の軍勢がやってきても、母さんは――いや、女王陛下は、俺たち二人がいなくても魔族の手から国を守り抜けるのでしょうか?」


 母さんは笑う。そこには絶対者特有の強者の笑みを浮かべながら。


「それこそ愚問だ! 巫女の力に頼らんと決断した日から覚悟の上よ!」


 母さんの言葉に、俺はようやく決心がついた。


「じゃあ今度は一緒に着いてきてください、ナターシャ! そして、無事にイザベラを倒したら俺と――結婚しましょう!」


「……はい、喜んで!」


 魔王を倒した俺の旅は、今度は二人で歩むことになった。

一応ラブコメ(?)っぽいものに仕上がったかなとは思います。

キリが良いので〆にしときます。

ありがとうございました。

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