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5話『シュヴァルツ親衛隊―1』

「「「キャー!!!」」」


 王都の通りは人でごった返していて、沿道の人々が俺たちを見て凄まじい歓声を送って来る。

 まるで祭りみたいな賑わいだ。

 このような歓声や人々の熱い視線を送られると、改めて俺は英雄であり王子なのだという自覚が沸々と湧いてくる。


 当初はその凄まじい人の熱気に呑まれそうな感覚を覚えていたが、人間の環境適応能力は強ち侮れないらしい。

 いつの間にか俺は、集まっている人々に手を振り、笑顔を繕い、声援に真っ向から応えることができるようになっていた。


 もしかすると、記憶を失くす前の俺も普段からこのような振る舞いができていたのかもしれない。

 身体に染み込んだ動きが自然と出てきたと考えれば納得がいく気もする。

 取っ付き難いやつだと思っていたけど、記憶を失くす前の俺も、案外そういうサービス精神があったんだろうなぁ……などと心内で自画自賛しつつも、流石に毎回外に出る度にこれが続くのは疲れそうだとも思う。

 そこはきっと王族なりの処世術というやつを使って、うまくやり過ごしていたのだろうか。


「……人の熱気が凄すぎて、ちょっと息苦しいですね。昔の俺は、こんなにもたくさんの人たちに囲まれながら、一体どのようにして生活を送っていたのですか?」


 隣にいるナターシャに質問を投げかけると、少し引き攣った顔をした。


「……いえ、普段はこんなにもたくさんの人たちが私たちを囲むことはありません。シュヴァルツ様がいつになく気さくに振る舞われているため、人が人を呼んでいるのだと思われます……」


「え……でも、俺はただ普通に接してるだけ――」


「――王子様ぁ! 魔王から世界を救ってくれてありがとう!!! 俺もいつか必ず、アンタみたいに世界を守れるくらい強くなってやるからなー!」


 ナターシャと話している最中に、男の子の大きな声が飛んで来た。

 その子が掲げている絵には、俺が描かれていて、何やらその絵の俺は拳を高らかに掲げる決めポーズをとっていた。

 ……頑張って描いてくれたんだな……よし、こんな感じか?


 俺は少年の描いた絵のポーズを真似ると、周りからは「おー!」という歓声があがった。

 ……しかし、これだけだと少年に対してのファンサービスとしては今一つな気がする。

 現に、少年の反応も思ったほど芳しくはない。

 人が多すぎるせいで、個人に対するメッセージとしてはどうしても弱くなってしまう。


 だったら、直接呼びかけてやるか! と、掲げた拳を少年に向け――


「――そこの少年! その気持ちがあれば、必ずキミは強くなれる! いつか同じ高見で会える日を楽しみに待ってるぜ!!!」


 と言うと、少年は持っていた絵をポロっと落とし、顔を紅潮させていた。

 どうやら喜んでくれているようだと判断し、俺はほくほくした表情を浮かべていると――


「――そういうところです! 貴方の旺盛過ぎるサービス精神が、人々を惹きつけてこれほどの大観衆を生み出してるんですよ! 記憶を失くされてからのシュヴァルツ様は、人たらしの能力にでも目覚められたのですか!?」


「人たらしって、そんな大袈裟な……。まぁ皆さん喜んでるようですし、特に問題もないでしょう」


「たしかに、皆さまに好かれているシュヴァルツ様も見ていて悪くはないんですよ。むしろ全然素敵なんですよ! 素敵なんですけど……そんな明るい笑顔、私にしか見せたことなかったのになぁ……」


「ん? 何かいいましたか?」


 途中から声量が落ちたせいで、ナターシャの声を聞き逃してしまう。

 するとナターシャはちょっとだけむくれた顔をした。


「なんでもありません……!」


 そう言い、俺の前方をすたすた進む。


 ……俺、ナターシャになんか変なことしたっけ? などと考えているとまた俺に声がかかった。


「シュヴァルツ殿下! どうしても貴方様にお願いしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」


 いつの間にか俺の周りにはたくさんの女子が集まり、俺はその輪の中心にいた。


 だけど、誰も窒息するように押しかけてはこない。

 俺と彼女たちの間には、適度な距離感が保たれているからだ。


 一体何者なのだろうかと視線を動かすと……その答えは彼女たちの服に描かれていた。

 赤い髪の、俺に似た――否、デフォルメされた俺の顔が描かれている服を着ている……これは所謂、俺のファンクラブのようなものなのだろうか。


 代表して俺に話しかけてきたのは、その中の一人の腕章をした女の子だ。

 もう少し普通の服を着ていたら可愛らしい人だとは思うが、何やら間違った方向に情熱の翼を広げてしまったらしい。


 ……内心ちょっとだけ引いている自分もいるが、それを努めて隠すように俺は無理やり笑顔を繕った。


「俺に可能な範囲ならどうぞ……」


「ありがとうございます。その前に一つ確認したいことがあるのですが……」そう言い俺の耳元まで代表者の女の子がやってきて、「先程殿下は、『俺、ナターシャになんか変なことしたっけ』と思われましたね?」と言う。


 俺は思わず後方に退いた。


「なっ、何故それを貴女が……!?」


「シュヴァルツ親衛隊隊長である私にかかれば、貴方様の全てがわかるのですよ」


 ……まさか読心術の使い手!?

 だったらこの人、もしかして俺が記憶喪失だということに勘付いているのか……!?


 思わぬ形で王国の極秘情報流出の危機を感じている俺に、親衛隊隊長を名乗る少女は囁くように言う。


「ご安心ください。我々は、殿下の秘密を決して口外するようなことはしませんゆえ。この包囲網も、熱狂的な貴方様のファンの役割を維持しながら、人捌けの効果も有しているのですよ」


 ……なんだと!?

 まさか、これは……そこまで綿密に計算されていた策だったのか!?

 最早打つ手はないと判断し、彼女らの話を俺は全面的に信じることにした。


「……どうやら、俺は貴女たちの手の平の上のようですね。で……隊長さんは何故ナターシャがあのような態度をとったのだとお考えなのでしょうか?」


「おそらく、ナターシャ様は、今まで自分にしか見せてこなかった殿下の一面――即ち、殿下の笑顔。それを殿下がナターシャ様以外の方々にも惜しげなくお見せになられたことで、ちょっとした嫉妬に駆られておられるのだと思われます」


「つまり、ナターシャがヤキモチを焼いている……というわけですか?」


「はい、おそらく」


 隊長は深々と頷いた。彼女の読心術と女の勘による考察ならば、その推測は間違いはないだろう。


「なるほど……しかし、何故そのようなことを俺に教えてくださるのでしょうか? 俺がこのような事を言うのは、かなりおこがましいとは思いますが、その……貴方たちに利益があるようには思えないのですが……」


 親衛隊と名乗るくらいだ。皆が俺に好意を持っているということくらい顔に……否、服に書いてある。

 ならば、俺とナターシャの仲が拗れた方が彼女たちにとって色々と都合が良いように思えるが……


 隊長は、もの凄い形相で俺を見た。その姿は一種の超越者特有のものを感じられるほどだ。


「私たち親衛隊にとっては、殿下も巫女様も遥か遠い雲の上の存在――最早人ではなく仏や神……そういった次元におられる方々だと考えております。結ばれようなどという、おこがましいことを考えている者は、最早この中には誰一人としておりません! ここにいる隊員は皆、貴方達お二人の幸せを切に願っているのです!」


 そう宣言する隊長に対して、皆が同意するように深々と頷いた。最早面倒なので俺は突っ込むことはしないことに決める。


 ……そういえば、彼女たちはシュヴァルツ親衛隊と名乗るくらいだ。ということは、間違いなく俺に詳しいはずだ。


 記憶を失くした俺は、かつての俺というものが今一つわかっていない。

 部分的に取り戻した記憶と、ナターシャや母さんから聞いた俺の人となりの情報だけではまだまだ理解は不十分だ。

 これは、他の視点での俺の人物像というものを知れる良い機会かもしれない。


 ……シュヴァルツ親衛隊隊長。彼女が知っている俺とは、一体どのような人物なのだろうか?

 そして、彼女にこんな質問を投げかけても、俺が記憶喪失だとバレやしないだろうか?

 それとも、もう既にバレている?


 ……。


 ええい、ままよ!


「俺は将来的に、この国を担う者――国王として玉座に就くことになります。その自覚が強くなった今、他者から見た俺という存在を、今一度見つめ直している最中なんです。もしよければ、隊長が知るかつての俺のことで、最も印象的だった出来事を話していただけると助かるのですが……?」


「なるほど……それが殿下がいつになくフレンドリーな態度を取られている理由でしたか。只ならぬ事情があったのだとは思いましたが、まさかその裏側に王子としての強いご覚悟があったとは……恐れ入ります」


「はい。いつまでも、昔のままではいられませんので……」


 なんとか話を都合の良いように誘導できたようだ。

 それに、彼女は俺が記憶喪失ということには気づいていないこともわかり、俺は少し安堵する。


「……では、私の中で最も印象的な話をしましょう。あれは未だ私が若輩者だった頃――」

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