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2話『魔王を倒してまで欲しかった女』

 玉座に座して俺を見下ろすのは、この国の女王陛下だ。年齢は40歳ではあるが、20代でも十分通じる妖艶な美女と言った印象を受ける。

 情熱的で溌剌とした印象を与える髪は、俺と同じ赤。彼女がこの国、ロワール王国の女王――エリザベスである。記憶には残っていないが、歴とした俺の母親だ。


 俺は自分の身に起こったことを、わかっている範囲で母さんに伝えた。一通り俺の話を聞き終えると、母さんは口を開く。


「お前が見たという女が一体何を目論んでいるのかは、皆目見当もつかんが……その女が我々の知識に無い得体の知れない力を有しているのは確実だ。お前は自身に異変があれば、随時報告するよう心がけろ。……あと、この一連の経緯は他言無用だ。魔王を倒した英雄がそのような状態に陥っているということを国民が知れば間違いなく混乱を招くことに繋がるだろう。国防の面でも同様だ。これを機に我が国の大きな隙と捉え、何らかの攻撃を仕掛けてくる愚か者が現れる可能性も考えられる。これは最早お前一個人の問題ではないと知れ! わかったか?」


 流石は一国の頂点に君臨するだけはあるようで、息子が記憶を失くしたと知っても、大きな動揺は見せず冷静に適切な指示をくだす。

 人によっては冷淡にも映る態度ではあるが、それが国を背負う母さんなりの優しさなのだろう。俺にとっても、その方がむしろありがたかった。


「かしこまりました、女王陛下!」


 すっと頭を下げて一礼する俺を見て、母さんは少し困ったような顔を浮かべた。


「にしても、記憶を失くしたとはいえ、お前がこんなにも変わってしまうとはな……」


「……ナターシャにも似たようなことを言われました。以前の俺とは、一体どのような人物だったのでしょうか?」


「私から見たかつてのお前の印象は、そうだな……正に男の中の男という言葉が相応しいように感じたぞ。まぁこれは親としての主観が多分に入っていることもあって、あまり当てにならんかもしれん。……巷での噂を参考にするなら、『イケイケ』やら、『ニクショクケイ』やら、『ドエス』……という用語で親しまれていたと聞いている。用語の意味に関しては……」


「ああ、その辺の意味に関しては、何となくわかるつもりです。記憶としても、ちゃんと機能している範疇ですので、ご説明は不要です」


「……むぅ、可愛げがないな」


 しかし母さんの言う通りだとしたら、今の俺と昔の俺は随分別人のように思える。

 実際、王城に来るまでの道中でも、不思議そうに俺を見る人たちがいた。

 俺としては普通にしていたつもりだったが、それはかつての俺を知る人たちを驚かせるには十分だったらしい。

 昔の俺と今の俺とで印象の乖離が大きいのだとしたら、後々不都合なことが起きそうな気もする。


「やはり、意識的に以前のような振る舞いを行うべきでしょうか?」


 そんな俺の発言を聞いて、母さんは笑う。

 どうやら、昔の俺はその様なことを自分から発言する人間ではなかったらしい。

 一体昔の俺はどんなやつだったのだろうか……?

 聞けば聞くほど昔の俺の人物像というものがわからなくなっていく気がする……。


「場合によっては多少の演技は必要かもしれんが、今のお前とかつてのお前……その二者間の性格の乖離はあまりに大きい。無理をすると、きっと何処かで必ず綻びが生じるだろう。日常生活を送る程度ならば、ありのままの今のお前で生活を送れば良い。おそらく、国民も美人の許婚の尻に敷かれて丸くなったと解釈してくれるさ」


 尻に敷かれて……以下の内容は気になるが、たしかにその考え方にも一理あると思い、俺は首肯して同意を示す。


 そんな感じで幾つか話を整理した後、母さんの視線が俺の隣に動いた。

 この部屋には俺と母さん以外に誰もいないが、何となく誰のことを言おうとしているかはわかった。


「これは聞くまでもないことかもしれないが……ナターシャは現在何処にいる?」


「俺を王城まで送り届けた後、その足で神殿に向かうと言い付かっております。強力な魔族が出現した可能性がある以上、退魔の結界を張るため今一度巫女の任に戻るとのことです」


「魔族が敵である可能性がある上、お前が攻撃されている状況なのだから、じっとはしていられないのもわかるが……まさか、巫女の役目を解かれて早々このようなことが起こるとは、神は未だ彼女をただの少女に戻してはくれないということらしいな。王国の上に立つ者としても、他人事ではいられないが、ナターシャには同情するよ……」


 巫女として生まれた人間は、生まれながらにして強力な退魔の力をその身に宿している。

 この世界には魔族と呼ばれる悪しき闇の力を持つ存在がいて、そんな魔族に対抗するための人類にとっての強力な武器となるのが巫女の存在だ。

 人間の繁栄の歴史の裏側には、必ず巫女がいると言っても過言ではない。


 そういった知識に関してはしっかりと覚えている。

 だからこそ、俺にはどうしても疑問に思うことがあった。


「ナターシャのことについて、質問してもよろしいでしょうか……?」


 母さんは首でしゃくり、俺に話を続けるように促した。


「巫女の力を持つ者は、大変希少な存在であると記憶しております。しかし、話を聞けば昨夜、俺とナターシャは……その、男女の仲になろうとしていた。これは国益として見れば一切の得はない。にも関わらず、国は何故、俺と彼女の関係を容認されたのでしょうか?」


 ――退魔の力は穢れなき女性の肉体に宿る。


 この世の法則の一つで、ここで言う穢れとは巫女が男と交わることを指す。

 多少肌を重ねる程度であれば、聖水によってその箇所を清めれば損なわれた力は戻って来る。

 だけど俺とナターシャは既に唇を重ねてしまっている。


 これは巫女としての力の喪失条件――即ち、禁忌を犯していることになる。

 このような形で失われた退魔の力はいくら身を清めたとしても、以前のように元に戻ることはない。


 幸か不幸か、俺たちの男女の契りは最後まで行われることはなかったため、未だナターシャには巫女としての役割を最低限全うする力は残っている。

 しかしその総量は、全盛期の半分程度しかないだろう。

 これは魔族から国を守るという視点で見れば、見過ごせない大きな問題だ。


 そもそも巫女という存在は退魔の力を持った人間というより、魔族に対する一種の兵器と言って差し支えない。

 巫女の一生は一般人のそれとは全く違う。

 国家の所有物として閉鎖的な神殿に管理という名の元に幽閉され、そこで退魔の力を行使し続ける存在としてその生涯を終えるのが普通だ。

 崇められ、崇拝される対象でこそあれ、魔族という脅威が存在する以上、巫女に選ばれた者にまともな人権なんて与えられはしない。


 俺とナターシャは婚姻関係にあるとは聞いているが、それは王族の地位に箔をつける目的や何らかの風習による形だけのものでしかないはずだ。

 それ以上の関係の発展は、王子という俺の地位を最大限行使したとしても許されることではないだろう。

 感情論を抜きにすると、何故このような決定を王国がしたのかを、俺が疑問を覚えるのも当然と言える。


 そんな俺の疑問に対して、母さんは深くため息を吐いた。なんとなく、そこには哀れみが含まれているような感じがする。


「お前の言う通りナターシャの持つ巫女の力は絶大だ。たしかに、我が国はナターシャを巫女としての役割から解放しているが、勿論それは相応の見返りがあったからだ。魔族が弱体化したとはいえ、国の強力な防衛機能の放棄など、私やお前だけで行える範疇にはないからな」


「見返り……ですか? 巫女の力を手放してまで得られた見返りとは、一体何なのでしょうか? 理屈に即して考えれば、国はただ愚行を犯したようにしか思えません」


 母さんは明らかに悲しそうな顔をした。


「記憶を失くしているとはいえ、そのような言葉をお前の口からは聞きたくなかったな……。かつてのお前は、そのために命を懸け、そして人類史に残る偉業を成し遂げたというのに……」


「それは一体どういうこと――」


 ――決まってるだろ、俺がナターシャを欲したからだ!


 これは俺の声……?


 脳裏に響く力強い声によって、眠っていた記憶の扉がこじ開けられた。


  ◆


 記憶にかかっていた暗雲が消えていき、視界がはっきりすると、目の前には母さんがいた。

 どうやら俺と母さんが言い争っている一幕のようだ。


「ナターシャが神殿に幽閉され続ける理由が、魔王の存在だというのなら……俺がその根源ごと払い去るまでだ!」


 そう啖呵を切った俺に母さんは詰め寄った。


「やめておけ、バカ息子! お前も父さんの後を追う気か!?」


「魔王を倒すことはいつか誰かがやらなければいけないことだ。与えられた地位に相応しいだけの力が俺にはあるのに、これ以上、国が――世界が、魔族によって侵食されていく姿を黙って見てることなんてできない! 魔王を倒すために必要な努力もしてきた! ……誰が何と言おうと俺の決意は変わらない!」


「お前がそういった素養に優れていることは百も承知だ! それでも魔王を倒すなんて無茶なことを考えるな……どうか……どうか、母さんをひとりにしないでくれ……!」


 俺を静止する母さんに女王の威厳はなく、息子の身を案じる一人の母親となっていた。泣き崩れながら、俺の裾を子供のように引っ張っている。

 死地に向かおうとしている俺をどうしても止めたいのだろう。


 そんな母さんに、俺は目線を合わせて言う。


「俺は何も死にに行くわけじゃない。魔王から欲しいものを――平和を取り戻しに行くだけだ! なあに、しばらくしたら何食わぬ顔で戻ってきてやるさ! ……だから約束してくれ、母さん。俺が魔王を倒した暁には、その見返りとしてナターシャを縛りつける全ての枷を取り払う、と」


 優しくも力強い声音は、聞く者に深い安渡を与える力を持っている。

 決して驕っているわけではない。

 たしかな自信と覚悟、そして責任……そういったものを自覚しているからこそ、俺の言葉には強い説得力があるんだ。


 ……これが記憶を失くす前の俺……だったのか……?


 そんな俺の言葉を受け、母さんは手の力を抜いた。

 説得を諦めた……というよりは薄々こうなることを予期していたという感じがする。


「……流石は私とあの人の息子ってわけか……。まぁ魔王を倒した英雄への報酬と考えれば、お前の願いを叶えることくらい造作もないことだ。……しかし、そうなると、お前とナターシャの婚姻関係も白紙になる。ナターシャがお前のことを、生涯を共にする伴侶として選ぶとは限らんぞ?」


 そんな母さんの言葉に対して、俺は豪快に笑って見せる。


「ハハハ――! それは確かに、魔王を倒す以上の難題だな! でもよ、俺はアンタの息子だぜ? 惚れた女の心くらい、そんな楔に頼らず、自力で手に入れてみせるさ!」


  ◆


「――思い出した……! 俺が言ったんだ。魔王を倒したらナターシャを自由にしてやってくれって……!?」


 俺が魔王を倒したことによって、巫女が持つ退魔の力に頼らなくても良い程度に魔族の力は弱体化した。

 だからこそ、ナターシャは俺と男女の関係になることを許されたんだ。


「ナターシャの巫女としての任を解いたことは、既に国内外に示してある。最早、それを反発する者が国の中枢にいたとしても、以前のようにナターシャを国の所有物として強制的に管理下におくことはできん。全ては……お前が望んだことだ、シュヴァルツ!」


 ……巫女の任を解いた。


 母さんは簡単にそう言うが、女王という立場でも苦心したはずだ。

 巫女の人権を認めさせ、巫女を縛る枷を完全に外すことなんてことは、それこそ、俺が魔王を倒さなければ成立しなかったことだろう。


 ……。


 ……いや、待てよ!?

 ナターシャには未だ一つ巫女としての枷が残っている。


「巫女としての役割を解かれても、ナターシャは、俺との婚約を取り消さなかったのか……!?」


「枷とはいえ、幼き日からのお前との繋がりだけは……消したくなかったのだろうな。最後は彼女のお前への強き想いが、巫女の力の存続を望む者たちの反意を鎮めたのだ。人間とは、常に合理的に動くものではないということを知れ!」


 そうか、そんなにも多くの人たちが、俺たちのことを祝福してくれていたのか……!?


 ……だけど、残念ながら俺にはそんな記憶は何も残っていない……。


 ……。


 ……正直、今の俺はナターシャに対して以前ほどの強い感情を抱いてはいないだろう。

 思い出の無い俺と思い出のある彼女とでは、お互いに対する認識に大きな差がある。


 ……だけど、なんだろう。彼女のことを考えると、心が落ち着かなくなる。

 かつての俺の残滓が、ナターシャを強く求めているのだろうか……。


 たしかなことは、俺はナターシャをもっと知りたいということだ!


「母さん! 俺、ナターシャの所に行ってきます!」


「好きにしろ。ナターシャは今や国の有する人間兵器ではなく、ただの一人の王国民――そして、お前の婚約者なのだからな……」


 そう言う母さんは、何処か嬉しそうに思えた。

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