先生は、どうして先生になったのでしょうか?
「先生は、どうして先生になったのでしょうか?」
駅前のイルミネーションを眺めながら、彼は言った。
彼の問いはいつも抽象的かつ哲学的だっただけに、その好奇心と不思議が組み合わさってしまった口から、ありきたりな質問が飛び出たことに私は動揺した。
即答して然るべき問いにも関わらず、恥ずかしながら沈黙してしまった。どうして先生になったか……そんなもの、とうの昔に忘れてしまったからだ。
私の推測だが、彼が私を夜の散歩に誘ったのは、眼前に広がる幻想的なまでのこの美しい光景を見せたかったからではないだろうか。そして、彼が先の質問をしてきたのは、彼に夢があって私の体験を参考にしたいからではないだろうか。
……そうだ。必要に迫られて今の職に就いたわけではなかった。私の夢だったんだ。
若い頃の私は擦れていて、目に映るもの全てが好きになれなかった。穿った考えを好み、普遍的な価値観を拒んだ。それが、私だった。
「今は昔の話だから、鮮明には思い出せないけれど、おそらく私は、自分を知ってもらいたくて、自分を教えたくて、先生になりたかったんだ」
「さいですか……」
彼は俯いた。言葉を紡ぐ気配はなかった。
わからない、わからないけれど、彼を見ていると、懐かしい。その青さが、妙に過去の私と重なるからかもしれない。
イルミネーションの光に手を伸ばして、空気を掴んで。そっと離した。
「車で出勤しているからね、こんな催しがあったなんて気が付かなかったよ。誘ってくれて、ありがとう」
感謝を告げると、彼はようやく私の顔を見て、
「実は今日からなんですよ、あれ」
「へえ。わざわざ調べたのか」
彼は、ゆっくりとかぶりを振った。
「毎年なんですよ。師走の頭は、こうやってライトアップされます」
「ああ、それで」
「僕は……あれを綺麗だとは思えません。だって、人工物でしょう? そこには人の意図が多分に含まれているわけで、それを想像すると、どうにも好きになれないんですよ。まあ、だからといって自然が好きということでもありませんが。自然も――」
「生き物で、彼らもまた、その場所に、その形状で、その匂いで、平然と存在していることが、自己表現をしたくてたまらないように見えるから嫌い……だろう?」
目を丸くする彼に、私は宥めるように優しさを込めて言った。
「……私が君くらいの時は、ああいうのも、そういうのも、総じて大嫌いだった。まさしく君のような生徒だった。単に天邪鬼である自分に陶酔していたのかもしれないし、心から思っていたのかもしれない。とにもかくにも、それが私の生き方で、生きざまだった。きっと、その二つに、正解も間違いもないんだろう。私のような価値観は、少数派だ。家族とも友達とも恋人とも、関係は良好だったけれど、本当の私を知ってくれる人は、周囲にはいなかった。だから、私は先生になった。……この年齢になって思う、私も自己表現したい者たちの一人に過ぎなかったんだ、ってね。結局のところ、人は誰しも――」
言いかけて、目の前の光景に、息を呑んだ。それと同時に、肩口からはっと息が漏れたのが聞こえてきた。
それまで白一色だったライトが、七色……いやもっと、もっと数えきれないほど、目で追えないほど、規則的に様々な色へと変わっていったのだ。
「たまには、こういうのも悪くないかもしれません」
「君もそう思うか? ところで君は、何になりたいんだ?」
彼の方に向き直ると、彼はもういなかった。予想はしていたが、このタイミングだったか、と私は一人、苦笑した。