もう無理
この国の退魔師が非常に強力だというのは世界的にも有名である。
そんな日ノ本ですら幽霊、妖怪、怪物による被害というのは完全には無くならない。
人は古来より変わらず、怪異に脅かされ続けている。
だが────。
どうやらこの国では怪異が被害に遭う事もあるようだ。
今回はそんなお話を紹介させて頂こう。
ある夜。
大学生の早苗さんがサークル仲間の男女四人で肝試しに出かけた。
廃校になった学校で、そこには自殺した女の幽霊が出るというありふれたものだった。
「万が一のために護符は買ってあるから大丈夫だよ」
そう言ってリーダー格の青年は赤色の護符を見せびらかし、強引に早苗さん達を誘ったという。
車のライトしか灯りがない、鬱蒼と木が連なる山道を行った先にその廃校はあった。
見るからにといった雰囲気のそこに、早苗さん達は嫌な予感しかしなかったそうだ。
「ねえ、やっぱり帰らない?」
「ええ、ここまで来て? 大丈夫だって! この護符、高かったんだぜ?」
早苗さんの提案を仲間は明るく拒否して暗い校舎の中へ入っていく。
「どんな幽霊なんだっけ?」
「女の生首が階段から転がってくるらしい。しかも笑いながら」
「こわっ!」
軽口を叩きながら、校舎の中を散策していく。
しかし怪異とは一向に遭遇することなく、早苗さんは内心安堵し早く帰りたい一心だったそうだ。
「なんも起きないね」
「そうだな、つまんねえ」
「ねえ、もう帰ろう?」
「んー、仕方ないか」
あまりに静かでなんの面白みのない探索が続き倦怠とした空気が漂う中、早苗さんの再度の提案は了承された。
ほっと一息ついたその時だった。
『────ヒッ──』
「え?」
みんなが一斉に顔を合わせる。
『ヒハハ────』
また聞こえてきた。
互いにそれが空耳ではないと、無言で頷きあう。
リーダー格の青年はすぐに護符を手に持って辺りを警戒している。
自然と、彼の後ろに皆が集まった。
「ねえ、これって」
早苗さんの震えた声に、青年は大きな音で唾を飲み込んだ。
『ハハハハ────』
その声はちょうど階段の上から聞こえてくる。
“笑いながら女の生首が転がってくる”
そんな怪奇現象が発生すると言われる廃校で、深夜に女の笑い声が聞こえてきた。
早苗さんはもう気が気ではなかったそうだ。
「ちょっと、逃げようよ」
皆が固まる中、早苗さんが声をかけた時だった。
「アハハハハハ!!」
長い髪を振り乱した、青白い女の顔が落ちてきた。
「うわあああああ!?」
護符があると威張っていた青年は我先に逃げ出し、みんなその場から条件反射のように駆け出した。
「ま、待って! 置いていかないで!!」
しかし早苗さんは腰を抜かしてしまい、その場にへたり込んでしまったそうだ。
仲間達に声をかけても皆動転しているのか、早苗さんの声を無視して逃げてしまった。
「ヒャハハハハ!」
「ひい?!」
けたたましく笑う女の声が背後から聞こえる。
思わず耳を塞ぎうずくまる。
だが、次に聞こえてきたのは予想外の声だった。
「ま、待ってヒヒ、そ、そこの人、た、助けてえはははは!!」
「え?」
「アヒャハハハハ! ん、あん! そ、そこダメええひひゃはははは!」
「な、なに?」
早苗さんは何やらそのおかしな様子に、恐る恐る振り返ったらしい。
そこにあったのはけたたましく笑う女の顔。
噂通り、生首だけが転がっている。
だがその女の顔は青白いながらも、赤らんで上気しておりどこか艶っぽかったという。
その時、女の首が落ちてきた階段から誰かがやって来た。
「こらこら、逃げるな」
「あはははは! お願い許してええへあはははあ」
「あの子を泣かせたのだ。この程度では終わらせんよ」
背の高い男だったそうだ。
暗がりで顔は良く見えなかったが、和服姿の男だったという。
「あ、ああ」
「ん?」
怯える早苗さんに気付いた男が声を掛けてきた。
「なんだ、人間か。ここは危ない、早く帰りなさい」
「は、はい」
早苗さんを案じた様子で声をかけた後、その男は笑い続ける女の生首を掴み上げた。
「アヒャハハハハハ!!」
「やれやれ、手間をかけさせるな」
「あはは! お、お願いたすけて!」
「笑うのが得意なのだろう? さあ好きなだけ笑わせてやろう」
「あははは! いっひひひひ、も、もう無理いいいいい!!!」
そう言って、背の高い男は笑い叫ぶ女の首を持ち校舎の暗がりに消えて行った。
早苗さんはその後、様子を見に引き返してきた仲間に連れられて無事に街まで戻ったそうだ。
「なんというか、やっぱり肝試しなんてするもんじゃないですね」
早苗さんはそう言いながら反省していた。
ただ、一つ気になる所がある。
その女は何故、早苗さんに助けを求めていたのか。
夜の廃校で出会う、笑う女の首というのはゾッとしない。
そんな筆者の問いに早苗さんは少し顔を赤らめながら答えた。
「首があるなら、胴体もあるかも知れませんよね……た、多分、体の方に何かされてたんじゃないかと」
早苗さんは俯き気味に、恥ずかしそうに言った。