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ワンルームの怪


これは大学生の恵子さんが体験した話である。


ある夜、彼女が友人と居酒屋で飲んでいた時のこと。

恵子さんを含め、仲の良い女友達と三人でわいわい盛り上がっていたそうだ。

この二人とは大学の入学式で出会って以来ずっと仲良くしていて、地元を離れて新生活に不安を抱いていた恵子さんに安心感を与えてくれた友人だった。

恋愛や最新のファッション、今見ている流行りのドラマについてなど、なんでも気兼ねなく話せるので、慣れない土地で一人生活を始めた恵子さんには大切な関係だったそうだ。

そんな友人といつものように、たわいのない話で盛り上がっていた時、不意に恵子さんの携帯が鳴った。

二人に断りを入れ、外に出て携帯を取ると、実家の母からの電話だった。

大した要件ではなく、恵子さんの近況を心配してかけてきたようだ。

せっかくの飲みの席をこれ以上妨害されるのも嫌なので、母には悪いと思いつつ適当に返事をして早々に電話を切り席に戻る。


「お待たせ」


そう声をかけると、友人二人がポカンとした顔で恵子さんを見つめていたらしい。


「どうしたの?」


そう尋ねると、友人二人は今まで恵子さんと会話をしていたという。

話していた時に、不意に()()()()()()()()()()()()たのだと。


「え?」


当然、今まで自分は母と電話をしていて席を外していた。

戻った時、自分の席は空席で誰かが座っている姿も見えなかった。


「変なこともあるのね」


そう言ってこの話を恵子さんは終わらそうとしたらしい。

本来であれば友人が自分を騙して驚かせようとしているのではと考えたりもするが、恵子さんはそうは思わなかった。

むしろ、またかと思って折角の楽しい気分が盛り下がったらしい。

不思議そうに考え込み、納得がいかないといった様子の友人二人に、適当に話を合わせてはぐらかしながら、恵子さんは内心複雑な思いを抱えていた。


恵子さんは、なんでも話せる友人にも話せない悩みがあった。

それは怪異に会いやすいこと。

感受性が高いのか、昔から不思議な現象によく遭遇してしまうのだ。

妖怪と言われるモノを地元で見たこともある。

何より困るのは、見えることよりも付き纏われることだった。

今、恵子さんは自分の住む部屋に、何かがいる気配を感じていた。

その気配が最近、段々と強くなり始めているという。

彼女が大和に引っ越して、そのマンションに入居してからもう半年になる。

最初は何も感じなかったのだが、日が経つにつれて、変なその気配がどんどん大きくなっていく。

それに比例するように、恵子さんの身の回りにも不思議なことが起き始めたのである。


家に帰れば、誰もいない部屋の中からお帰りという声が聞こえる。

シャワーを浴びていると、磨りガラスの扉越しに人の影が見えるなど。

幼い頃から怪異に会うことの多かった彼女にとっては些細なことだが、それでも感じる不安と気持ち悪さが彼女の心を疲弊させた。


引っ越しすれば解決できるとも考えたが、そうはできない事情もあった。

彼女達の通う大学は首都大和にある名門校で、その大学周辺の家賃も尋常じゃないくらいに高いことで有名だ。

名門なだけあり裕福な家庭の子供も多く通うが、恵子さんの家は決して裕福ではなかった。

それでも一人娘を心配して、親が無理して借りてくれた大学近くのオートロック付きマンション。

交通の便もよく、立地は最高で部屋も広かった。

何一つ文句のない、優良物件のはずだった。

その部屋に現れる不思議な気配だけを除いては。

恵子さんも部屋について調べたが、別に事故物件というわけではなかったそうだ。

ただ、彼女の一室が他より少し安かったのも事実。

問い合わせた管理会社からは特に理由はないの一点張りで、この気配の正体につながるような情報は教えてくれなかったらしい。

手放すには惜しい物件であり、他の物件ともなると今より通学に時間もかかる遠方しか経済的には無理だろう。

すでに親がかなりの額の礼金を不動産屋に払ってしまっていることも、二の足を踏む理由だった。


尚も不思議がる友人達との飲み会を早めに切り上げて、恵子さんはある場所に向かった。

彼女の住む家から電車で一駅ほど隣にある、建国神カムイを祀る大きな神社。

パワースポットとしても有名で、年間参拝客数は日ノ本でも三本の指に入る人気の場所だ。

そこで恵子さんは厄除けのお守りを買った。

特に信心深い方ではなかったが、何もないよりはという苦肉の策だったという。

お守りを買うと少し安心感を覚え、部屋に帰るとそのお守りを机に置いた。

不思議とその日はあの気配を感じず、早速お守りの効果が現れたのかもと上機嫌になって床に就いた。


恵子さんはその夜、不思議な夢を見たそうだ。

部屋のベッドで寝ている恵子さんを、恵子さんが上から見下ろしていたらしい。

夢にしてはやけにリアルで、自分の寝息が静か部屋に響いていたとのこと。

不思議に思いながら、寝ている自分を見ていると、黒い影が布団の下から恵子さんのに向かって上ってきた。

よく見ると、それは黒い髪をした、和服を来た男だったようだ。

それが布団の上から恵子さんにゆったりとにじみ寄り、彼女の顔の前で自分の顔を停止させた。

固唾を飲んで見守っていると、どうやら男は何かをぶつぶつと言っているようだ。

どうすることもできず、戦々恐々としていると、ふとその男の声が止んだ。

次の瞬間、男はバッと振り返ると、浮かぶ恵子さんを見つめてニタっと笑ったという。


────ミツケタ。


確かにそう聞こえたが、恵子さんの意識はそこで途切れてしまったらしい。

翌朝、恵子さんが起きると急いで自分の体を調べる。

あの男は恵子さんに寄り添うように、何かをブツブツ言っていたのだ。

変なことをされたのではと、不安に思ったが、特に体に異変はなかった。

ただの夢かと思い、ホッとして机の上に置いてあったお守りを見ると、真っ黒に黒ずんで千切れていたという。


その日、恵子さんは大学の講義を休んだ。


すぐに彼女が電話したのは陰陽寮。

この国の怪奇現象の専門家である陰陽師の本拠地だった。

幸いにも、事情を説明するとすぐに陰陽師を部屋に派遣してくれることになった。

黒ずみ千切れたお守りを見た陰陽師は、早速、部屋を清めてくれたらしい。

札を取り出し、光る円陣を発現させる陰陽師に、恵子さんは柄にもなく興奮した。

まるでテレビの中のワンシーンを見ているようだったのだ。

ひとしきり部屋の浄化が終わった陰陽師は、これで大丈夫と言い残し帰っていったそうだ。

思いの外、短時間で事が済み安心した恵子さんは、その日休もうとしていた夕方からのバイトに出かけた。

バイト先の賄いで夕食を済ませ、日が変わりかけた深夜に部屋に戻る。

暗い部屋の中を電気を付けて照らした時、恵子さんは悲鳴を上げた。


部屋一面がカビに侵されたように黒ずんでいたのだ。

しかも、その日はそれだけでは終わらなかった。

黒ずんだ壁の一部分が動きだし人の形になっていく。

蠢くそれは、恵子さんのいる方に走るように向かってきたそうだ。

まるで浄化など無駄だと嘲笑うかのような怪奇現象に、恵子さんはたまらず部屋から逃げ出した。

もう一度陰陽寮に電話をするが、陰陽師の派遣は明日の朝になるとのこと。

仕方なく、どこかに泊まろうかと考えてふと気付く。

反射的に飛び出してきてしまったので、部屋に財布を置いてきてしまったのだ。

だが、もう一度あの部屋に戻る勇気は恵子さんには無かった。

途方に暮れて辿り着いた先は、お守りを買ったあの神社だった。

夜も遅く、人の影はない。

不気味な静けさを感じる神社の中で、不安でたまらなくなった恵子さんが石段に座り泣いていると、目の前に一人の女の子が現れたそうだ。


見た目は五、六歳くらいの着物をきた女の子だったという。

花のかんざしを付けており、まるで人形のような可憐さだったらしい。

こんな時間に、小さな女の子が神社に現れる。

恵子さんは最初、この子も幽霊じゃないかと疑った。

だがその子は、じっと恵子さんを見つめるだけで、話しかけてくることは無かった。

ギョッとして固まっている恵子さんだったが、よく見ると息に合わせて胸も上下していたので、人間だと思うことにして恐る恐る、こんな時間に何をしているのかとその子に話しかけた。

どうやらその子は迷子を探しているようだった。

“むみょー”という人物がはぐれて迷子になっているため、探しているのだと。

こんな深夜に迷子を探す着物の女の子なんているのかと恵子さんは疑問に思う。

やっぱり人間ではないのじゃないかと、また泣きそうになった時、一人の男が現れた。

煤けた柄の刀を腰に差し、陰陽師の証である札帯を巻いている背の高い男だったそうだ。


「ハル、探したぞ」


その男はどうやら女の子を探しに来たようだった。


「むみょー、まいご」

「迷子はそなただ」


この子が言っていた“むみょー”とは、どうやらこの男のことだったらしい。

女の子を抱き上げて、踵を返すその男に恵子さんは急いで声をかけた。


「あ、あの!」

「ん?」


じっと恵子さんの目を見つめる陰陽師に言葉を忘れたらしい。

ただ目があっただけで、何か得体の知れない雰囲気に飲み込まれたのだと、恵子さんはこの時のことをそう表現した。

ただそれは、決して嫌なものでは無かったらしい。


「どうした、こんな時間に」

「た、助けてください」

「……ふむ、話してみよ」


古めかしい言葉使いが不思議と似合う、変わった男だったそうだ。

彼に促されるまま、事の経緯を説明する。

部屋に感じた変な気配のこと、この神社で買ったお守りが無惨に千切れたこと、陰陽師に頼ったが効果が無かったこと、そして今しがた部屋で起きた怪異のこと。


「くくく、それは見過ごせんな」


その男は陰陽師が部屋の怪異を退治できなかった事よりも、この神社のお守りが千切られたことを問題視しているような口ぶりだったという。

必死の思いで頼る恵子さんに、その男はこう言ったらしい。


「オレははぐれ陰陽師だ。はぐれであるが故、報酬をもらうが構わぬか?」


恵子さんもはぐれという言葉に一瞬、抵抗を感じたが、その時は誰でもいいから頼りたかった。


「構いません!」

「して、いくら出す?」

「へ、部屋に財布があるので……一万円ならすぐに用意できます」

「また一万円か。まあ、よかろう」


はぐれの組合もあるのだが、そこに依頼するだけで最低三万円は掛かる。

生活費に余裕のない恵子さんが、はぐれに頼らなかったのはそれも理由だった。

一万円で依頼できたことに、ホッと胸を撫で下ろす。

請け負ってくれた陰陽師は、そのまま恵子さんの後について彼女の部屋まで訪れた。

ウトウトと眠そうにしている女の子を抱っこしたはいいが、彼は慣れていないのかどう抱えればいいのか気にしているようだったので、不覚にも笑ってしまったらしい。

ただ、同時にこの子連れ陰陽師で本職でも退治できなかったあの幽霊を祓えるのか、心配にもなったそうだ。

そんなことを思いながら恵子さんが部屋に戻ると、そこはいつもの自分の部屋であり、あのカビのような黒ずみはどこにも見当たらなかったという。


「そ、そんな!」


自分が見たのは、決して夢や幻ではないと必死に説明する恵子さんの言葉を、はぐれ陰陽師は部屋を見渡しながら黙って聞いていたそうだ。


「なるほどな」 


ひとしきり部屋を見渡した男は、恵子さんに千切れたお守りを見せるよう要求したという。

無惨にも二つに千切れたソレを渡すと、男はお守りを握りしめて小声で何か呪文のようなものを唱えた。

すると彼の手の中から淡い光がもれ、開かれた手のひらには白いお守りがあったという。


「これをやる。置いておけば後は大丈夫だ」

「え?」

「さあ、報酬をもらおうか」

「ええ?」


お守りを作ったのは確かにすごいが、それだけで報酬を要求してきた男に恵子さんは不安を覚えた。

恵子さんも、はぐれの悪評は知っている。

もしかして自分も騙されているのではと思ったからだ。

そんな恵子さんにその男は、もし解決できなければはぐれの組合に訴えればいいと言い放ったらしい。

そう言われると、言い返す言葉の無かった恵子さんは渋々財布から一万円を取り出して、その男に支払った。

男は金を受け取ると、軽く挨拶をして女の子と一緒に出て行ったらしい。

後に残ったのは白いお守りだけ。

やっぱり騙されたんじゃないかと思い悩む中、眠たくなってきたので明日文句を言いに行こうとお守りを抱いたまま恵子さんはベットに横たわった。


しばらくして。

恵子さんが目を覚ますと、体が動かない。

いわゆる金縛りというやつだ。

お守りを身につけて眠ったのに、やっぱり騙されたと恵子さんが憤りを覚えた時だった。


黒い影があの時のように足の方から這い上がってきた。

見ればやっぱり、あの時の和服の男だった。

その男はニヤニヤしながら、ゆっくりと這い上がると、ちょうど恵子さんの胸元あたりで動きを止める。


その時だった。


恵子さんの胸から白い手が伸びて和服の男の首を掴んだという。

苦しそうにもがく黒い男を白い手が持ち上げる。

その手は恵子さんの胸、正確にはお守りから生えていた。

お守りから姿を現した白いものは、水干を着て袴を履いた男性のようなシルエットだったらしい。

その白い男性の形をした光は、黒い男を左手で持ち上げたまま、右手でその首を薙いだ。

途端に男は黒いモヤに変わり霧散したという。

白い男性も事は済んだとばかりに、光の粒子となって消えていったらしい。


その夜以降、恵子さんが妙な気配に悩まされることは無くなったそうだ。

お守りの効果に感動した恵子さんは翌朝、すぐにはぐれのギルドに赴いてあの陰陽師を探したが、彼はもう大和を出立していて会えなかったそうだ。

それ以来、彼に会うことはなく今でもそのお守りを大切に持ち歩いているらしい。

不思議と、そのお守りを持っていると妙な気配を感じても、すぐにいなくなり付き纏われるようなことは無くなったそうだ。

今も彼女はその部屋で大学生活を満喫しているという。


この話を聞き終わろうとした時、最後に彼女が疑問を口にする。


「なんか、何処かで見たことあるんですよね、あの男の人。なんだっかな……あっ!」


著者と喫茶店で話していた彼女が指さしたのは、数年前の古びた雑誌だった。

そこには一昔前に流行った映画の宣伝用の見出しが書いてあり、特段ハンサムというわけでもないが、不思議な魅力を感じる男が表紙を飾っていた。


「この人です!」


その雑誌に載っていた男の名前に、筆者は驚きを隠せなかった。


映画は実話が元だった!

今月号は陰陽師大特集!

大人気陰陽ファンタジーの主人公モデルは彼だった!

安倍晴明、独占インタビュー掲載!


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