chapter2
「ねえアキ……。———ちょっとアキってば!」
「えっ! ……な、なに?」
「何はこっちのセリフよ……。さっきからずっとボーっとして、何かあったの?」
そんな風に聞かれて、わたしはやっと正気に戻った。昼食を食べていたはずの手はいつの間にか止まっていて、昨日買ったのにそのことを忘れていてそのまま持ってきてしまった、食べかけの菓子パンが握られている。
「んーん、別に何もないよ」
「本当? 魂吸われたような顔してたよ?」
「それどんな顔……」
ないないと笑って否定してはみたが、本気で心配されているから実際そうだったのだろう。幸い、二人とも講義は二限目で終わりだから、ゆっくり食べる時間はある。
「カオル、このあと時間ある?」
「ごめん、これからカレとデート」
掌を立てて見せたカオルに、わたしは肩を竦ませる。
「そっか」
「大事な用ならキャンセルするけど?」
「そこまでしなくていいよ。ちょっと気晴らしに映画でも見ようかなって思っただけだから」
そう言うと、カオルは頬杖をついて呟く。
「一人映画ねえ。……アキ、あんた彼氏とか作んないの?」
訊ねてきたカオルに、わたしは身体を揺らした。「彼氏かあ……」
「男が無条件で寄ってくるのなんて、大学生の今くらいしかないよ。今すぐにとは言わないけどさ、一人の時間を共有してくれる存在って、すっごい貴重なんだから」
「その言葉、わたしじゃなくてカレに言ってあげたら?」
きっと飛び跳ねて喜んでくれるに違いない。カオルが話してくれるカレのエピソードは、大抵何かしらの愚痴が入る。彼氏のいないわたしに同意を求められても何もわからないのに。その時は、まあどうだろうね、と笑ってやり過ごすことにしている。
「だめだめ、そんなの調子に乗せるだけだから。それに、まだ結婚するとか決まったわけじゃないし」
「遊びってわけじゃないんでしょ?」
「当たり前よ。でも、真剣に考えすぎるのも重いじゃない?」
いや知らん。が、思っていたより色々と考えていたみたいでわたしは少しほっとした。
「うーん。まあ、そこまで考えてるならわたしは何も言えないよ。お幸せに、ぐらい」
「十分十分、ありがと」
カオルはそう言って話題を戻した。
「で、どうなの?」
「まあ、居てもいなくてもいいって感じかな……」
「そのセリフ、十年後にまた言っていられたら、あんたを神と崇めてあげる」
「……嬉しくないなあ、そんな称号もらっても」
崇められたところで恥ずかしいだけだ。それかお金でもくれた方がまだマシである。
「若さが武器の今のうちに彼氏の一人でも作って経験しとかないと、いざ色気で勝負するとなった時に不利でしょうが」
「キャバクラで働く気でもあるの?」
「合コンの話よ。せっかくのチャンスを横のケバい女にかっさらわれないようにレクチャーしてあげてるんじゃない」
頼んでもいないのにわざわざ世話を焼いてくれる。そういう所は嫌いじゃないのだが、余計だ。
「合コンに行く予定もないので大丈夫です」
そう丁重にお断りしておいた。今のところは、だが。
「あっそ。じゃあもう何もいわない」
ふてくされるように、頬杖ついたままカオルはそっぽを向いた。
……本当のところ、わからないのだ。彼氏がどういう存在なのか。教えてもらっても、その価値観は彼女が持っているものだから、わたしとは違うかもしれない。相手との相性などもきっと存在するはずで、運命のひとなんて、そうそう見つからないのが普通だ。
だから、いっそのこと一生独り身でも良いと思っている。わざわざ彼氏を作ろうと思うほど寂しさを感じてもいないし、つまらない時間を過ごしているとも思っていない。わたしは現状に満足している。
「まあ、心配しないでよ。友達として意見してくれたのはすごく嬉しいし」
笑顔で言うと、カオルはちらとこっちを見て溜め息を吐いた。
「……だから心配なんだってば」