2話 現実と希望
まずは適性検査から行われた。
検査官は現役のエージェントだった。
「まずはこのカプセルに入ってくれる?」
「はい」
『ウィーーーン』
赤いレーザが身体中を覆った。
「身長182センチ。体重76キロ。体脂肪率6.3%。
脳OK。視力OK」
「おースゲーな。」
技術の進歩に驚いて思わず口に出してしまった。
「はい次!!」
適性検査はこれで終わった。4年間で身長4センチ、体重が6キロも増えていて自分の成長にもまた驚いていた。
次は筆記試験。最も警戒していた試験だった。猛勉強したとはいえ、どんな問題が出されるか全く想像出来なかった。もちろん自身も無い。
「始め!!」
試験問題も見た瞬間
「ん?なにこれ。全然分かんねーよ。」
と小さく呟いた。
〜1時間後〜
「終了!!」
『ドタっ』
机に頭を打ち付けた。正直全く分からなかったがとりあえず全て書き尽くした。俺はもう次の実技で挽回するしかないと思い、筆記試験の事は考えずに切り替えることにした。実技試験は専用の演習場で行われるというものだった。
「最後の実技試験はこの演習場で行う。
実技内容は実際にエージェントと闘ってもらう!」
「えーーっ!」
皆が声を上げて同じ事を考えていた。
『勝てるわけない』
でも、やるしかなかった。
「ではお願いします。」
3人のエージェントが来た。
ん? 3人? 3人とこの数で戦うの?
いける。この数ならやれるぞ。
「怪我したくなければ辞退しろ。辞退する奴はいるか?」
もちろん誰も手を挙げなかった。
この時までは皆は余裕だと思っていたからだ。
「では始める。どこからでもかかってこい」
「行くぞーーー!」
その時だった。
『ズドーン!!』
目の前にありえない光景が広がっていた。どこからか水が打ち上がっていた。そして自由自在に動いている。大きいなんてレベルじゃない。20メートルはあった。まるで龍のような形をした水が受験者を襲った。
「逃げろ!」
「死ぬぞ!」
「あんなのと戦うのかよ!」
それぞれ逃げ出す人やネガティブな発言が飛び帰っていた。すると逃げ出さない受験者が何十人かいた。全てジエーネだった。能力に自信がある人間は立ち向かっていった。火を出す能力、同じく水を出す能力がほとんどだった。だが1人のエージェントに立ち向かったジエーネ全員は圧倒されてしまった。
するともう1人のエージェントが地面に手を着いた。すると地面が割れはじめ、その攻撃だけで9割の受験者は倒れてしまった。だが残りの1割は冷静な判断で物陰に隠れて機会を待っていた。俺もその中の1人。と言いたいところだがただ逃げてきただけだった。
「あんなのに勝てるわけねーよ。マジで死んじまうよ。」
と弱音を吐いていると、横から話しかけてきた受験生がいた。
「ねね、いい作戦があるんだけど」
……
「え、俺がおとり!?」
「声がでかい。それしかないんだ。」
と、あっさりおとり作戦を承諾してしまった。俺は回り込んで3人目のエージェントにそっと近寄った。
「今だ!」
俺は3人目のエージェントに向かって走り込んだ。
すると
『スーーーーッ』
3人目のエージェントが大きく息を吸ってその後思いっきり俺目掛けて吹いてたきた。激しい風圧で吹き飛ばされた。その時声を掛けてくれた受験生が3人目のエージェントの頭上にいた。拳が燃え上がっていた。
「炎掌!」
『ズドンッ!』
エージェントにはかわされてしまい惜しくも擦っただけだったが火傷を負わせた。その受験生はすぐさま水使いのエージェントにやられてしまった。
俺が気づいた時には受験生全員がやられていた。これがエージェントだ。とても遠い存在に感じた。現実を見て諦めてしまった自分もそこにはいた。エージェントになって母さんを養いたいとか、憧れだけでエージェントになりたいとか、正直バカバカしくなっていた。母さんを養うなら他の仕事もある。そう思った。
エージェント採用試験はその日に結果が出る。結果はもちろん不合格、当然の結果だった。実技はともかく筆記があのザマだ。
諦めて他の道を探さないといけないと途方に暮れていたその帰り、1人の男が誰かに追いかけられていた。そいつは1週間ほど前から逃走を続けている連続殺人犯だった。後ろから俺にナイフを突きつけ「こいつを殺すぞ!!」と大声を上げたが、その殺人犯の目の先には1人のエージェントがいた。
「もうこれ以上罪を重ねるな!」
エージェントの仕事は犯人を拘束することで、決して殺してはいけない。殺す時は上からの命令が下された時だけだった。エージェントにとっては1番嫌な状況だ。
「俺はもう後戻りできねぇんだよ!」
「そーか、ならその一般人殺せよ。」
とエージェントが発した。その時俺は訳が分からなかった。
「は?何言ってんだよ!本当に刺されたらどうするんだよ!」
俺は本音を口にした。だがエージェントの考えとは裏腹に連続殺人犯は逆上してしまい、ナイフを振るった。
「くそ!やめろ!」
エージェントの言葉は全く届かなかった。俺は『死ぬ』と感じ、一瞬時が止まった様にも感じた。その時、急に身体が軽くなり今まで感じた事の無い力が漲ってきた。
気づくと俺は右手で殺人犯の服を掴み投げ飛ばしていた。全く無意識だった。20メートルは飛んで行った。その後すぐに力が抜けていき、エージェントは何故が俺の目をずっと見ていた。
犯人はその後無事逮捕された。警察からの事情聴取が終わった後、もう夜になっていたので急いで帰ろうとすると、警察署の前でさっきのエージェントが立っていた。
「あ、こんばんは…じゃないですよ!
さっきはあなたのせいで死にかけたんですよ?」
「それはすまないな。今度何か奢るよ。」
エージェントは笑いながらそう言った。もう夢は諦めたつもりだったから、目の前でエージェントを見ても特に何とも思わない。
「では失礼します。」
そう言ってから帰ろうとした時
「君、あの時間に歩いていたってことはエージェント試験の帰りかい?」
「はい。」
「合否は?」
俺は首を下に向けた後、横に振った。
「なんだ、君みたいな子を落とすなんて今の試験管の目は節穴だな。」
「え?」
「エージェントにならないか?」
何を言っているのか全く分からなかった。理解が出来なかった。俺はこの時、なんで自分がエージェントに誘われたのかが理解出来ていない。
「この話は僕が署長直々に伝えておくから心配しないで。」
「あ、ありがとうございます。」
現実なのか分からなかった。こんな形でエージェントになってしまったけどエージェント・ポリスの内定が決まった。
帰って母さんにこの事を伝えると
「良かったじゃない!! おめでとう!! 頑張ってたもんね!!」
と涙を流しながら言ってくれた。もちろん目標が叶ったから嬉しけど、俺だけ推薦という形で入って少し罪悪感もあった。
俺は大学を卒業し、内定が決まったエージェント・ポリスに勤める事になったが、これから始まる事は今まで経験してきた困難とは比にならない程の出来事ばかりが起きることを俺はまだ知らなかった。