6-8a. 皇太子の誓約
「消せっ! 火を消すのだっ! このままでは香ばしい匂いを漂わせる、いい具合の焼肉になってしまう!」
……ならないだろう。
イシスの呼んだ青い炎に取り囲まれ、カムラ親征軍は恐慌状態に陥っていた。
「もう、国に帰りなさい。そうするなら、消しましょう」
イシスが告げた。
しかし。
カムラ魔術師団も無力ではなかった。
総力を上げて消火した。
「むむう、美しき魔女め、やりおる……」
うなる皇帝に、イシスが硝子玉のように透明な、感情の見えない瞳で告げた。
「帰りなさい」
「無論だ。そなたとアディ姫を連れて、帰らせてもらうつもりでおるぞ」
アディスが怪我にもめげずに突っ込もうとした、その矢先のことだった。イシスがスっと、指先を動かした。
小さな、握りこぶし大の青い炎がいくつも生まれ、皇帝の周りを踊り狂った。
踊りながら『ばーか、ばーか、焼いちゃうぞ~☆』とか何とか、オモチャっぽい声ではやし立てる。
「のわぅおっ!?」
その時だった。
「皇帝陛下、お取り込み中恐れ入ります。皇子から、急ぎの書状が……」
本気で取り込み中だった。むしろ、助けろ。
「ええいっ、それどころではないのが見てわからんか!」
……遊んでいるだけのようにも、見えなくもない。
「ですが、血の契約印で封緘された書状でして、一刻を争うかも知れません!」
使者の言葉に、皇帝はぎょっとした。
「何だと!? レオンが、血の契約印を……!? 馬鹿な、寄越せっ! ああ、何だこの邪魔な炎はっ」
皇帝がしっしっと追い払うと、炎はおとなしく、笑いさざめきながらイシスの元へと戻っていった。
使者から書状を受け取ると、皇帝はすぐさま解呪を唱え、それを開いた。
そこには、信じがたい文面が書き綴られていた。
『おじい様へ
シグルドにおかれましても、ご健勝のことと存じます。
早速ですが、此の度の見合いの結果をお報せいたします。
招かれた姫君方の中から、シグルドの姫君を一姫、迎える運びとなりました。
つきましては、おじい様に一つ、聞いて頂きたいお願いがあります。
姫が願いますので、どうか、シグルドの姫君方への求婚、シグルドへの侵攻・制裁の類の一切をおやめ下さい。
お聞き届け頂けない時には、私の皇太子位の返上と、皇位継承権の永久放棄をもちまして、姫への謝罪に代えますことを、ここに誓約いたします。また、同時にカムラからの永久追放をも、この身に課しますことを、誓約いたします。
身勝手は承知の上で、おじい様にもう一度、お会いできることを願っています。
追伸.アディ姫は男性です。
代筆 カタリーナ・アストライーゼル』
サインは確かにレオンのものだった。
皇帝は信じがたげに目を見張り、麗しのマイ・ハニー(いつから)を凝視した。
「お……男……?」
その様子に、アディスが怪訝そうに皇帝を見て、次にはきらーん☆ と目を輝かせ、優雅に会釈した。
「拝見させて頂けますか?」
固まっている皇帝の手から、アディスは返事も待たずに書状を取ると、素早く目を通した。そして、満足げに微笑んだ。してやったりの笑み。
「ゼルダ皇帝、妹のティリスを――、無礼も多いかと思いますが、どうぞ、よくしてやって下さい。あの子なりに一生懸命、皇子を想っている様子ですので」
アディスは実のところ、だいたいの経緯はカタリーナから連絡されている。
ティリスからも二通ほど、
『聞いてくれよ、兄上。レオンにすごいものもらったんだ。なんだと思う? すごいんだぜ、真っ白な、雪月花っていう、すごくかっこいいマントなんだ。帰ったら、兄上に一番に見せてやるからな。楽しみにしててくれよな』
とか、
『なあ、兄上もおはようのキスとか、おやすみのキスとか、イシス姫にしたいと思う? あ、別にしてるわけじゃないからな。聞きたいだけなんだ』
とか、墓穴を掘りまくった便りがあったから。もちろん、「したいよ」と答えておいた。
誓約書もカタリーナの手による以上、まず、ティリスにとって不本意なものではありえない。
国を発つ時すでに、その気配はあったし。
そんな馬鹿なと、これが男なものかと、皇帝がうめきながら頭を抱えた時だった。
イシスがふっと、上空を見た。
「……ゼルダ皇帝に、至急、帰国願う……」
「――イシス?」
ふり向いて、アディスはすぐに了解した。神託の類だ。







