1-4. 賢者様とレオン【後編】
「あ!」
必死に抵抗したが、ティリスの体は、完全に青年の支配下に落ちていた。土下座させられて、やっと術を解かれると、ティリスは震える手で剣を抜いて叫んだ。
「てめえ、ぶっ殺してやる!!」
青年は不敵な笑みを浮かべていたが、ティリスの動きに、すぐその表情を強張らせた。速いのだ。少年だと侮っていた。術も――間に合わない!
「レオン、危ない!」
ぐっさり。
その瞬間の手ごたえを、どう表現したらいいだろう?
エーンガチョって感じ。
ティリスのレイピアは、青年を庇ったゾンビに突き立っていた。
動きが鈍い、というのがゾンビの常識なのだが、なかなかどうして。
「やるじゃねーか……」
ティリスはもう泣きそうだった。お気に入りの剣に、べっとりとゾンビの腐った肉片が付着して、今後、永遠に臭いそうな状態だ。
もちろん、この程度の攻撃、ゾンビには痛くもかゆくもない。もとより痛いしかゆいようなやつだし。強いて言えば、服が破れたというところ。
しかし、青年は激昂した。
「貴様、よくもロズに!」
「あっ!?」
青年の怒りは尋常ではなく、その術の支配力も、先ほどの比ではなかった。
抵抗の余地すらなく、ティリスはゾンビに突き立てたレイピアを、自分の胸に向けて構えさせられた。
冗談冗談冗談―――!!
付いてる、この剣、何か変なもん付いてるし!!
つーかオレ死ぬじゃん!?
泣き叫ぶティリスに、青年は容赦なく命じた。
「死ね」
「いやあああっ!」
ガシッと、剣ごとティリスの腕をゾンビがつかんだ。
「おやめなさい!」
青年に向かって一喝。
「レオン、あなたがいけない。見れば、こちらはシグルド王家のお方。王族ともあろう者が、見ず知らずの他人にひれ伏すなど、どれほど屈辱的か考えなさい。自分に力があるからと、他者の尊厳を踏みにじるものではないよ、レオン」
「……ロ……ロズ……」
それでもなお、レオンは憎々しげにティリスを見ていた。ティリスはと言うと。
助けてもらえたのは嬉しいのだが、手を離してほしくて仕方ない。
ねっちょりでぐちょぐちょで、腐りきった据えた臭いが鼻をつく。
もうボロ泣きだ。
ロズは、ティリスが恐怖に泣いているのとカン違いして、もう大丈夫だから、などと慰めてくれるのだったが、ティリスは余計に悲しくなるだけだった。
お願いです、ロズさん、その手を離して下さい――
やっと解放されると、ティリスは腰くだけになってその場に崩れた。
「今日はロズに免じて許してやる。僕も少しは悪かった。けど――今度、ロズに手を出してみろ、殺してやる!」
「す……」
少し!?
少しか!?
「てめえが全面的に悪いんだろ! オレが何したよ! だいたい、オレはおまえを殺そうとしたんであって、悪いのはゾンビに庇わせたおまえじゃないか!!」
この指摘は、痛恨だったらしい。
「僕が……庇わせた……?」
震える声でつぶやくレオンに、ゾンビがなだめるように優しく言った。
「レオン、違う。あなたが命じたのでなく、私が私の意志で庇っただけだから……ごらん、私は大丈夫。もう、あの子も許しておあげなさい」
「ロズ……」
やっぱり、『ちょっといい話』を展開する二人なのであった。
辺りには、据えた悪臭が立ち込めていたとしても。
「っくしょう……」
二人(?)がいなくなると、ゾンビにつかまれなかった左腕で涙を拭いながら、ティリスは立ち上がった。
「何で、敵わないんだ……」
悔しくて、拭ったはしから涙がこぼれた。
あんなやつに精神的に凌駕されているなんて、納得行くわけがないのだ。
けれど、抵抗むなしく、完全に支配されたのが事実だ。
「見てろよ……!」
このまま終われない。絶対に、見返してやる!
その少し後、カタリーナがボロボロのティリスを見つけて大騒ぎになったのは、言うまでもない。