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賢者様の仲人事情  作者: 冴條玲
第四章 王子と姫君
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4-3a. 結婚するって本当ですか【前編】

「……ティリス様?」


 朝から一言も口をきかないティリスの異常に、カタリーナが気遣わしげに声をかける。


「どうかなさったのですか? ちゃんと、お聞きになられていますか?」


 うつむいたまま、ティリスには答えられなかった。

 しばらくして、弱く、かぶりをふった。


「ごめん、カタリーナ。オレ……」


 情けなかった。

 レオンが見合いをするからといって、何で、こんなに傷つくのか。何で、泣きそうなのか。カムラの皇太子妃になれないことくらい、最初からわかっていたのに。


 なりたかったのか――?


 自嘲するように、ティリスは顔を歪めた。

 もしそうなら、本当に馬鹿だ。

 あんなやつのどこがいいんだ。


 あんな――


 込み上げる涙をこらえて、虚空を睨んだ。

 傷ついてなんか、やるもんか。

 レオンなんかのために、泣くもんか。


「……聞いてなかった。ごめん。ちゃんと、聞くから……」


 カタリーナに答え、懸命に気を落ち着けて、教本を見た。

 これくらいのことで、いつも通りのこともできないほど、取り乱せない。

 シグルドを守りに来たのだ。レオンの傍にいるために、ここに来たわけじゃない。


「……レオン皇子が、何か……?」


 カタリーナの言葉に、ティリスは顔を強張らせて彼女を見た。

 だめだ。

 だめだ、泣かない、だめだったら!!


「ティ――」


 ひどく傷ついた瞳でカタリーナを見、次の瞬間、ティリスはその両眼から涙を零した。あわてて利き手で顔を覆うが、遅かった。


「な……どうしたのです! あの皇子が何を!?」

「ち……がう……違うんだ、ちが……」

「そんなはずがないでしょう!? ティリス様、おっしゃって下さい、どうなさったのですか!」


 伸ばされたカタリーナの手を、振り払った。


「違う、ほっといてくれ!!」

「ティリス様!」


 頑ななまでに口を閉ざされてなお、カタリーナは引き下がらなかった。


「ティリス様、なら、ちゃんと授業を受けなさい。それもできないのなら――涙も止められないなら、貴方に、隠し事をする資格などない、話しなさい!」

「だっ……」


 逃げようとするティリスの腕を、カタリーナが痛いくらいの強さでつかみ、その指にぎりっと力を込めた。怒りがみなぎっている。


「ティリス様、話しなさい!」

「……っ……」


 ティリスは強く唇を噛むと、ついに、口を割った。


「……レオンが、結婚するかもしれない。それだけだよっ!」


 カタリーナが心底びっくりした顔で、ティリスを見る。

 もちろん、それがそんなにつらいのかと、驚いているのだ。

 それから、手を離した。


「もう、いいだろ。ごめん……オレ、今日、だめなんだ……」


 いいえと、カタリーナが首をふる。


「今夜、夜会があると聞きましたけど、そのために――?」

「……ん」


 カタリーナはふっと優しく笑うと、街に行きましょうと提案した。


「え……?」

「お休みを取って街に行きたいと、前におっしゃったでしょう? 今日は授業にならないようですから、時間を無駄にすることはありませんわ。そうですわね……まずは顔を洗って、そうしたら、仕立て屋に連れて行って頂こうかしら。わたくし、夜会に着て行くようなドレスは持参していませんの。シグルドの女性を馬鹿にさせるわけには参りませんわ」

「……」


 ティリスはこくりと頷くと、顔を洗いに立った。

 余計なことは言わない。

 それが、カタリーナの優しさだ。

 言いたくないこと、無理に言わせるような厳しさも、それは、向き合わない彼女をダメにしないため。

 吐き出して、出来ることを示されたら、こんなにすっきりすると知らなかった。


 ――オレ、やっぱり恵まれてるよな――


 カタリーナは厳しいけれど、本当の意味で他人を思いやる。

 戻ると、これだけは言っておこうと、ティリスはカタリーナに向き直った。


「あのさ、オレ……、カタリーナが従姉妹で、良かった」


 まだ少しぎこちなく、それでも精一杯の笑顔で言うと、カタリーナも愛しげに笑って、私もですわと返してくれた。

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