3-12. お姉様の不吉な予感
「は~……」
ティリスは今日何度目かの溜め息をついて、明るい窓の外を見やった。
カムラに着いてから、何日目かの午後。
早くレオン、迎えに来ないかな~。
今日はどこに連れて行ってくれるんだろう。
――レオンてさ、思ってたよりずっといいやつなんだよ。
ロズの言ったことは本当だった。
構うな、という以外のことなら、本当に、レオンはティリスの言うことを聞き分けた。文句は多いし、ティリスの方がよほどレオンの言うことを聞かされるにしても、レオンは意外なくらいに素直な面を持っていて、何のことはない。根気良く、ちゃんとわかるように説明すれば、聞き入れてくれるのだった。
――そうそう、生き物は嫌いだって言ってたけど、街とか歩いてて、野良猫とかいるじゃん? レオンて絶対に、エサやるんだよ。やらないと死ぬだろうって言って、頑として聞かないんだから。「だから嫌いなんだ」って、文句たらたらエサやっててさー。要するに、好きなんだよな、レオンて。生き物がやたらにさ。
「……ス様、ティリス様、聞いていますか?」
「あ、ごめん……。聞いてなかった、何?」
「何、じゃありません!」
今度は、カタリーナが息をつく番だ。
「ティリス様、そんなことでは困ります。今は、覚えなければならないことが本当にたくさんあるんですのよ?」
ティリスは仕方なく、気乗りしない本に目を戻した。
――カムラまで来て勉強しないといけないなんて、思わなかったよな~。
国王ときたら、カタリーナにしっかり家庭教師も頼んでいたのだ。作法から教養まで、カタリーナは確かに完璧だけれど、ティリスはこのままでは、カタリーナと一緒の時間が嫌いになってしまいそうだった。
カタリーナは嫌いじゃない。教え方も悪くない。
――でもオレ、作法とか教養とか、ほんとに興味ないんだよ。
王子、という肩書きにして良かったと、ティリスは今つくづく思う。なんと、おかげでカムラ流とはいえ、剣術指南を受けることができるのだ。こんな教養よりも、そちらの方が断然面白かった。ティリスは目覚しい上達ぶりで、最初は小柄な子供と侮っていた周囲の目が、ティリスの剣の腕前に、みるみる変わっていくのだから、こんなに痛快なことはない。一日中、剣の稽古をしていたいくらいだった。
ちなみに、レオンも腐っても皇太子だ。情操教育はともかくとして、まともな教育は受けていた。意外にもレオンは優秀らしく、難しい帝王学をきっちり修めているというのだから、驚いた。
――てか、今、カムラって実質的にはレオンが治めてるんだよ。
老皇帝は本気でレオンに皇位を継がせたいらしく、『気が触れている』という噂の払拭を願うかのように、国政の要となる判断を、レオンに任せることが多いというのだ。
――レオン、風格あるわけだよな~。オレなんて剣一本が頼りなのに、レオン、死霊術だけじゃないんだもんな。
「……ス様、ティリス様!」
ティリスははっと、カタリーナを見た。いけない、ちゃんとしなきゃ。
そんなティリスの様子を見ながら、カタリーナは何とも言えない不吉な予感を――大切な大切な彼女の姫が、あの馬鹿皇子に心奪われつつあるような、そんな、いやあな予感を覚えるのだった。







