1-2. 風曜日の王子様は
「アディスは……アディはどうした!」
お見合い当日、早朝。
アディスの姿が見えず、王が動転してその侍女に問うと、侍女は言いにくそうに言葉を濁した。
「陛下、今日は風曜日でございますから……」
風曜日。
この世界は光曜日と闇曜日が休日で、地、水、火、風、を合わせた六曜日からなる。
ただし、例外的に風曜日を休日とする者たちがいる。
たとえば、巫女だ。
参拝が主に光曜日に行われるので、光曜日が一番忙しく、代わりに風曜日に休むのだ。
「まさか……アクール神殿に!?」
侍女がこくこくと頷く。
毎週風曜日になると、アディスはいそいそと身支度を整え、朝も早くから出かけて行く。その日に何の予定があろうとも無視するのだから、手に負えない。おまえの休みは光曜日であって、風曜日ではないと、何度、いさめただろう。
ちなみに、風曜日はアディスが唯一、女装しない日でもある。
「陛下、ですが、夜会までには必ずお戻りになるとのこと。どうぞ、ここは……」
王は呻きながら頭を抱えた。
あの息子には、事態の深刻さがわかっているのだろうか。
「どうでもいいが、今日で何度目だ」
王の投げやりな質問に、侍女が淡々と答えた。
「今年に入って14度目……通算で78度目の求婚です」
「100度ふられたら、いい加減、諦めろと言っておけ」
どんな美女でもよりどりだろうに、あえて、つれない姫巫女に執着する息子が、王にはわからないのだった。一国の王子がいつまでも独り身では困るのだ。いつまでもおかまでも困るのだが……。
さて。
王が心配するほど、アディスが事態の深刻さをわかっていないのかというと、そうではなかった。
むしろ、のん気者の多いシグルド国内において、事態を最も深刻にとらえているかもしれない者だ。
アディスの考えでは、もしも見初められてしまったら、コトを平和に収めるためには、自害するしかない。それも、事故死か病死に見せかけなければならない。
この見合いは命懸けなのだ。
であれば、その前に一目愛する人に会っておきたい。アディスがそう思ったのは、しごく当然のことだっただろう。
姫巫女イシス。
その真実を知るのは、今のところ、アディスただ一人。
冷たく透き通った瞳の奥に、無防備に過ぎる魂を隠した少女。
もしもアディスが死んでしまったら、誰がイシスを守るのだろう。あの、心開くことを忘れてしまった少女を――
“ アディス アディス ”
あの夜を覚えている。
ただ一度だけ、彼女が彼にすがって泣いた夜。
もう、誰かにどこかにいかれるのはいやだと、泣いた夜。
イシスの方はおおむね忘れてしまった夜でも、忘れない。
彼女が二度と泣かずに済むよう立てた誓いを、アディスは忘れない。
**――*――**
アクール神殿に到着すると、アディスはひたと、その白亜の神殿を見た。陽光の中に輝く、光の象徴たる神殿。
……。
求婚に応じてくれとは言わないから、せめてキスくらい、させてもらえるといいなあと、アディスは決意を固めながらたそがれるのだった。ここまで覚悟を決めて大業を為そうという時に、なお勇気づけてもらえない、片思いの立場は非常にツライのである……。