拠点を(不当に)確保
拠点確保です。
確保して好き放題するのは、ここからとなります。
村の外れ。 シオンがずっと、下手すれば親の顔より見てきたゲーム画面越しの場所。
プレイヤーが活動する拠点に、クリエイト精霊は入り込んでいた。
その拠点は実にボロい佇まいであり、雨漏りが無くすきま風が吹き込まないのが長所。
そう言い切れるほどに見事な、ここより奥は広い荒れ地となっている、木で組まれたボロ小屋である。
その小屋の中は実に最低限。 木製で大きな収納棚が1台にベッド、テーブルと椅子がひと組、それとかまど。
食器や布団等は無く、大きくて重い、運べない物以外が完全に引き払われている状態。
完全無欠の初期拠点。
それを見回し、キラキラ目を輝かせタクアンな眉も小刻みに上下させて、小屋の隣にある物置小屋まで確認しているシオンは実に変人と言える。
だって普通の人間なら、ゲームを『強くてニューゲーム』するのであれば、もっといい環境でしたいと望むもの。
なのに当人は、この惨状でやる気を滾らせているのだから。
大好きなゲームの世界に入れたと言うのは、とても感動できる事だと言うのは共感出来るが、それにしてもこいつの喜びようは過剰である。
「よし、最初期のセオリーに則って、ぼちぼち始めようか!」
ついに始動したシオンがまず行うことは、椅子に着くこと。
そして【職人の懐】から、森での収穫物をテーブルに次々取り出して、置いていく。
「物置小屋に有ったのは古い種の入った種袋が2つだけ。 農具から作らないと」
独り言が多いのは、指摘しないであげて欲しい。 彼……いや、今は彼女か。 彼女だって望んで独りだった訳では無いのだから。
それで取り出したのは、沢山の生木。
「乾かさなくても、そのまま木材として使えるシステムは、ホント便利だよねぇ」
これも一種の理不尽と言えるだろうが、そう言うゲームであるのだから、ここで突っ込みを入れるシオンでは無い。
このあと一緒に森で拾ってきた石もゴロゴロと転がして、テーブルを簡易的な作業台として、生産活動が始まる。
余計な補足かも知れないが、作業台がなければ絶対に生産活動が出来ないのか? と訊かれれば、否である。
台が必要な作業のある生産物である場合に必要なだけだ。
~~~~~~
「ほい、完成」
クリエイト精霊初の生産物が完成した様だ。
「刃先に研いだ石を使った鍬と、細かく沢山の穴を開けた大きなタライだ! 最初期だからこんなモンだな」
完成品は『石のクワ』と『穴開きタライ』
石のクワは納得出来るが、なぜ穴開きタライなんぞを作ったのか? それはゲームの仕様に関係してくる。
「まずは【農業】技能のカンストを目指すぞ!」
実体のない精霊が持つ念力みたいな力で2つの品を抱え、既に夕方になっているボロ小屋を飛び出すシオンだった。
やって来た……と言っても、小屋の裏手に回っただけだが、荒れ地である。 そこでコイツは早速完成品を試しに来たのだ。
「まずはクワから」
タライは【懐】へ仕舞い、クワを思い切り振り上げ…………ザクッ! っと小気味良い音で大地へ石の刃を突き立てる。
「よし、効果は出ているな!」
とても嬉しそうに満足しているシオン。 心なしかタクアン状の眉毛も喜んでいる。
一体何をしたのか? それは【職人の眼】でクワを見れば解る。
名称:石のクワ
耐久:50/50
付与:頑丈(微) 土属性(微)
解説:木で作られたクワの刃先を、石に取り替えたクワ。 木だけのクワより頑丈。
付与。 そう、付与なのだ。
【錬金術】技能に付与があるのだが、それの効果をゲームで付けられたのは服や装飾品(つまり防具)や錬金術で作る魔法薬が主で、それ以外はイベントで受ける制作依頼くらい。
ゲームが現実となったのなら、付与を農具にも付けられるんじゃね? と思ったコイツが、ホイホイと付けてしまったのだ。
付けられたは良いが、 まだ【錬金術】技能が低いため良い付与は付けられない。 が、有ると無いとじゃ違いが出てくるだろう。
そしてその結果が、
「石のクワだと【農業】が低けりゃ1ブロックを耕すのに、2回振らなきゃいけなかったのが1回で耕せた!
農業なら土属性って適当に付けてみたけど、これ絶対に効果が出てる!」
こうな訳だ。 微でも土属性。 効果が出た様で結構。
と言うかですよ。 クワを1回振るだけで1ブロック耕せるって、これ知ったら農家さん達本気で泣くよ?
農業舐めてんのかって。 ザクッとやってからクワを適当に持ち上げたら、1ブロック分の畝がポコっと勝手に出来てるってバカじゃないの? って。
しかもなに? 荒れ地を耕したからって、すぐ農地として使えるようになるかと言えば、そうはならないはずなのに。
土の状態を見れば、普通に農地として使えるってどんな魔法だよ!?
……いや、うん。 付与された土属性と、それよりなによりゲームシステムの仕様が原因なんですが。
満足の行く結果が出たのだろう。 彼女は良い笑顔で、今度はタライを取り出す。
「【農業】技能の(多分、おそらく、メイビーな)救世主、タライ様だ!」
ごまだれ~、と謎の効果音が聞こえてきそうな持ち上げ方をして掲げた。
名称:穴開きタライ
耐久:200/200
付与:頑丈(微) 水属性(微)
解説:木で作られたタライの底に、沢山の穴を開けたもの。 本来のタライとしての機能はのぞめない。
付与された頑丈で、壊そうと意図しなければ壊れないタライが完成。
「ゲームではシャワーヘッドの無いジョウロが初期アイテムで、それに簡単なシャワーヘッドを付けて使ったら経験値爆上がり。
どんな計算式か分からないけど、これの所為で【農業】技能上げが一番楽だったんだよなぁ」
……これはジョウロじゃなくて、タライなんですが。
「ジョウロより水が入って、ジョウロみたく水が撒けるならタライで良いじゃん。 って作ってみたけど、どうなるかな?」
そんな事をシオンは言いながら、先ほど出来た農地の上にタライを出し【錬金術】技能に内包された魔法で、水を作りタライへ注ぐ。
すると、注ぐそばからタライの穴に水が流れ、ピューピューとジョウロの代わりとして、しっかり機能しているのが分かる。
「【農業】技能の経験値はー…………と。 よし、ちゃんと増えてるな!」
メニューを開いて技能の数値を確認すれば、真面目にプレイしているのが馬鹿みたいに思えてくる勢いで、数値がグングン伸びて行く。
「カンストまで早いからなぁ。 こう数値が勢い良く伸びるのは快感だよ」
それはもう楽しそうに、タライへの水供給を絶やさず、数値も確認しながら。
それはもうニッコニコで、眉毛も一緒にウッキウキで、再び【懐】から取り出したクワも使って、農作業をする女児がそこに居た。
――――
【農業】の経験値は畑をクワで耕す、水を撒く、種や苗を植える、収穫する。 大体その辺で得られるのだが、実は水に関してシステムな穴がある。
画面越しのゲームなのに、計算式は時間で水の筋1本あたり幾ら。
そんな計算式になっていた。 なのでそこへシャワーヘッドを取り付けると、何十いや百何十倍へと取得できる経験値が増える。
こんなガバガバなシステムを、良くもまあ入れ込んだものだ。
だったら最初から、1ブロック経験値いくら。の方が良かっただろうに。 そう運営へメッセージを飛ばした者は“仕様です”と返されて、ヒャッホイする。
だって公式にズル出来るのだから。
――――
作業開始から、10分しないくらい。
彼女の息は、早くも上がっていた。 原因はもちろん【職人の体つき】の数値が低いからだ。
「スタミナが切れてきたから、回復の為に森で採ってきた果物の出番だ!」
そう言ってまた嬉しそうに、野イチゴをごまだれ~するシオン。
「農具にも付与できたなら、食べ物にもイケるはず!」
なんて調子に乗り、付与でやらかす。
名称:野イチゴ
付与:効果増強(微)+苦味強化(中)=良薬は口に苦し
解説:野で生っているイチゴ。
ゲームで出て来た食べ物は地球準拠。 別に異世界用の名称を考えるのが面倒だから、とか言う理由ではない。
「付けられるね。 しかも最低2つ付与出来るゲーム仕様が、どんな素材でも適用されると確認。 その結果で、魔法薬の効果を上げる付与コンボも機能した」
説明しよう。 付与コンボとは、設定された組み合わせの付与を行う事で、効果にボーナスが付くのである。
今回は“効果増強系統+苦味強化”で両方の付与にプラス補正が付く。
自らの仕事に満足した彼女は、仕上げとしてその成果を頂く。
……と、
「酸っぱ!? にっが!!? すげー酸っぱ苦い!!! でもちゃんとスタミナと魔力の回復効果は上がってる!!」
再びひと騒ぎ。 あんまりな味の食べ物から来た影響で、タクアン眉毛が少し芋虫眉毛になる。
「回復した。 さあ、まだまだ続けるぞ!」
騒いで楽しみ切ったのか、作業へと戻った。
――――
作業開始から、1時間が経過する頃。
「適度に休憩しながら歩き回りつつ、水撒きしながらクワも振ってたら早くも【農業】カンスト。 【錬金術】も少ないけど伸びて、マジでウハウハですわ
しかもマズイ食べ物で回復しつつ【料理】技能も伸ばす美味しい所総取り! 控えめに言っても最高!」
恐るべし、シャワーヘッド効果。 恐るべし、ステータスの為にマズイ食べ物を食べ続ける根性。
そしてこんなにすぐ【農業】がカンストしてしまうなら、そりゃあもうセオリー扱いされてしまうのも納得だ。
「では……今後はこの畑を拡げて、採れた品を使って他の技能を伸ばす方針で行きますか」
まずは景気付けだろうか? シオンがクワを振りかぶり「むむむむ……」と謎の呻き声を出している。
そのまま2秒。
すると振りかぶったクワが光を帯び、ピカピカとまぶしく輝きだしたではないか。
それを彼女が頃合いとして、ついでにタクアン眉毛も吊り上げて、
「マップ兵器、最大出力! 撃てーー!」
などと叫び、勢い良くクワが振り下ろされた。
ばばばぼぼぼぼばばっ!!!
振り下ろされたと同時、擬音とするには何とも言えない音を立て、幅3奥行き6ブロックの畝付き農地が出来上がった。
「よしっ!」
よし、じゃない。
シオンがやった所業は、おそらくクワから衝撃波を放ち、荒れ地を一度に広範囲を耕す離れ業。
凄いことは凄いが、世の農家さんがこんな事を出来るはずが無い。
出来ていたら今頃、農業は楽できて稼げる良い仕事~などと持て囃されているだろう。
恐るべし。 ゲームシステムの補助。
もし見ている者が居たらそう思っている時に、当のシオンは少しつまらなそうにしていた。 タクアン眉毛もしょんぼりだ。
「なんだ。 石のクワへ農業のプラスになりそうな土属性をつけても、チャージ攻撃は変わらず3×6の範囲か」
とんでもない事をした元凶は、ゲームの頃と同じ結果でガッカリしたのだ。
少しの間は口を尖らせていたが、気を取り直したのか再びやる気をその身に宿す。
「まあ、そう言ったデータが取れたと満足しよう。
じゃあ残りの荒れ地も、使う分はとっとと耕しますか!」
そう言ってクワを担ぎ、残った土地へ空が暗くなっている中、明るさも気にせずふよふよ浮きながら向かうのだった。
「耕したら次は、物置に有った種と森で集めた薬草の種や木の枝を使って、農園を造るぞオラァ!」
ゲーム時代では村や村に来た行商から買うか、イベントでしか得られなかった物を、現実だから自力で用意できると言う荒業と共に。
「果樹は挿し木で増やす! 作物に魔力を与えて魔法作物へ変えるのも目指す! 森で採った食べ物に種があれば、それも植えてみる!
資材となる木も植えて、自力確保! 荒れ地はいつもと同じ区分けして、土地を開発する! やること一杯だあ!!」
ゲーム開始時特有の盛り上がりすぎた、変なテンションも一緒に。 そしてつられて楽しそうにピクピク蠢く眉毛も添えて。
「あ、やべ。 管理ミスって石のクワを壊しちゃった……」
時々失敗もしたり、
「苦い!! マズイ!! 実が未熟でひどいエグ味!! こんなのゲームで食ってたんか!!!」
マズイ食べ物で悶えながら、シオンは邁進する。
本文終了の時点で、既に夜で真っ暗。
精霊は寝ません。 しかも暗くても見えるし、ゲームシステム補正で結構明るいと言う、デタラメが横行中。
ちなみに石のクワは図鑑で既出、穴開きタライは、図鑑で同名のゴミ扱い。 新アイテムではございませぬ。
少しの間、シオンのステータスをこちらで。
(前話と今話での変動表示)
シオン・クロプダ
クリエイト精霊・女性型
装備 :初期衣装
装飾品:なし
ステータス
【職人の体つき】:21→67(主要因 農業)
【職人の魂】 :20→61(魔法を使いながらの農業と、マズイ食べ物を食べ続ける根性)
【職人の知識】 :50→55(知っているだけの物へ実際に触れた)
【職人の眼】 :23→53(森で沢山鑑定した)
【職人の腕】 :20→65(農業)
【職人の指先】 :20→49(物を作ってチャージを何度もキメた)
【職人の懐】 :110→125(マズイ食べ物を食べ続ける)
ステータスの具体的な意味は上から順に、
スタミナ・MP・知性・鑑定力・腕力・器用さ・収納可能アイテム枠数
初期値はオール10(懐だけ100)だが、種族ボーナスで全てにプラス10。
現在のカンストは300(懐は999)
技能
【農業】 :5→100(カンスト)
【布・皮革】 :5
【酪農】 :5
【鍛治】 :5
【調合・調薬】:5
【料理】 :5→15(食べ物の味が持つ重要性を学ぶ)
【木工】 :5→7(木で制作した)
【錬金術】 :5→17(水を出しまくった)
【装飾加工】 :5→6(タライをさらに加工した)
技能のカンストは現在100