村の近くの小さな丘
素直にプロローグその2でも良かったかもしれない……。
白く染まっていた視界が、やがて白以外の色も取り戻すと、染みの浮いた天井と言うしみったれたブツが飛び……こんでこなかった。
「空の青と森の緑だな」
そう、寝そべっていれば有名なセリフである「知らない天井だ」が言えたのに、それが封殺されたのは結構なショックだった。
彼……キャラクター名:シオン・クロプダの予想では、ゲーム開始時と同じで、村の入り口。 次点で主人公が使う拠点から、始まると思っていた。
だが密かに次点が本命だと望んでいたのは、既にお分かりだろう。
なのに自分がどこに居るのか? ぼんやり突っ立っていても、何も判別するための情報が得られそうに無いのだ。
「どこだよ、ここは」
情報量を増やそうと、周囲をぐるりと体ごと見回したら、真後ろにとても見慣れた物が見える。
「……ああ。 ここはクリエイ村の、鉱脈が地下に埋まっている丘か」
あのゲームはPC向けに製作された物で、オープニング中に鳥瞰図……衛生写真に似た絵として村の全景が見られた。
見ている場所や角度とかは違うものの、丘から見下ろす感じでは、それはもう大変に酷似している。
しかもゲーム似の世界へ送ると言った謎のメッセージから考えても、間違いではあるまいと確信できる。
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「ふう……どれだけ見てても、見飽きそうもないな。 でも、いつまでもそうしていちゃあダメだよな」
こう漏らした当人は、言葉通り長いこと村を熱い目で見続けていた。
あのゲームがとても好きで、アホほどやり込んだシオンとしてはまだまだ眺めていたいが、今やるべき事を思い出したのだ。
「まずくれるって言っていた、チュートリアルブックはどこだ? まずメニュー画面は……っと、出たな」
目の前に出てきたメニューウィンドウは、とても馴染みのあるゲームと同じもの。
ウィンドウの左にコマンド選択枠、残りはキャラクターのステータス表示。
それをちゃんと扱えるよう、何度も呼び出しては消してを繰り返し、メニュー画面の仕様を確認する。
そしてそれからやっと、アイテムを【職人の懐】からチュートリアルブックを取り出した。
「チュートリアルブック……って、これ見た目タブレットだね」
出てきたチュートリアルブックを手の上に乗せてみたが、どれだけ様々な角度から見ても、やはりタブレットである。
それをアレコレといじって電源をいれてみれば、画面に浮かんだ文字はたったの3行。
チュートリアルブックについて
ゲームとの差異 及び 基礎知識集
図鑑機能
慌ててメニューを広げ、図鑑の項目を探すが、やはり無い。
その理由はおそらく、このブックに載っているのだろう。
本人は暢気に構え、新しい世界と関わる知識を得る姿勢になった。
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「よし、大体分かった。 それにしても凄いな、この精霊って種族は。 飲食や寝る必要が無いのは、どうにも不思議だけど」
知識を読み漁るのに、シオンはほぼ1日を使っていた。
つまり夜通しタブレットを眺めていた訳だが、作業して減るスタミナ以外での疲れは無いし生理的な物も無いしで、自身がやりたいことだけやれる。 それに感動していた。
ただ、落胆もある。 自身の姿だ。
元々が男。 変な気を起こさなければ、性別が変わることは無かった。
チュートリアルブックには、クリエイト精霊の特性として自身の姿を変えられると書いてあり、男に戻れる望みをかけて使ってみたが、性別の壁は存外高かったのだ。
それに作り替える為のモデルとして、現在の姿がメニューへ投影されたが、そこでも現在の外見が映り性別を意識させられて凹んだ。
そうそう、自キャラを創る際に発言した母乳。 実際に出るか試してみたが、やはり出なかったのには、自分は何をしているのだろうか……と微妙にむなしい気分だったそうな。
「精霊らしい動きとして、浮いて飛び回る感覚はチュートリアルを読みながら掴んだし、実体がないのに物を持つ感覚にも慣れた」
シオンはタブレットを実体の無い身で操作していた事に、精霊の特徴が書かれた項目を見て初めて気付いたのだ。
「それとタブレットは空気中の魔力を取り込んで充電要らずなのも、本当にありがたい」
……まあタブレットと言っても、出来るのは表示された物を読むだけなのだが。
「それにしても、村の人が全員精霊を見られたのは、精霊側から姿を見せていたからってのは、なるほどだな」
ゲームでは説明されていなかった、いわゆる裏設定にまで触れられていたのは、ゲームにのめり込んだ物として大変に興奮した。
「でもそれで言うと、精霊となって前の自キャラを追い出す展開とか、申し訳なくなるな」
そう。 村民は誰でも見られるのに、旧自キャラは精霊を見られない展開。
以前は疑問に思わず「そんなもの」とか「シナリオ進行上仕方ないこと」とか思っていたが、元から追い出す気でいたように感じられるのだ。
「あとは、ゲームじゃないんだから、設備の前でアクションキーをポン。 じゃない、正しいやり方も覚えた」
この世界はゲームではないので、作業がボタンひとつで終わるなどあり得ない。
「なら、ゲームでは出来なかった技能上げの方法もあるな。 探してみるか」
嬉しそうにひとり呟くシオンの目に、いたずらっ子じみた爛々と輝く光が灯る。
「いや、そもそもだ。 この世界にはゲームみたいなシステムは無いと書いてあったな。 ならば、そんな世界にゲームシステムをブチこんだ歪みもあるはず。
ははっ、こっちが有利になる便利なバグを見つけたら、使ってみようかな?」
変態ぶりは変わらず。 断言しよう、こいつは絶対にやらかす。
必ずどこかでシステムの穴を見つけて、悪用するだろう。
精霊でプレイして、自身を甘やかすつもりでいたのだから。
「図鑑は俺のサイトまるパクり。 まあ自分で作ったものだから、使いやすくて良いんだけど」
そう。 図鑑機能は、ひと目で判った。 だがトップページには今後の活動で、情報が増えます。
等と書き足されていたので、その辺はゲーム気分で「大型アップデートで生産物増えてるの!? ひゃっほーい!!」と、恥も外聞もなく飛び跳ねて踊り狂ったのは死んでも秘密。
「兎にも角にも、準備は完了。 村へ行こうか。 まずはいつもの拠点がどうなってるか、確認だ」
【少し強くてニューゲーム】ならぬ【周回ボーナスをほとんど放り捨ててニューゲーム】は、こうして始まった。
「おっと。 村へ向かう前に、念のため森へ寄ってからだな。 目的の物は多分有るだろ」
少しの間、シオンのステータスをこちらで。
シオン・クロプダ
クリエイト精霊・女性型
装備 :初期衣装
装飾品:なし
ステータス
【職人の体つき】:20→21(主要因 体を沢山動かした)
【職人の魂】 :20
【職人の知識】 :20→50(様々な生産知識を確認した)
【職人の眼】 :20→23(タブレットで鑑定方法を得た)
【職人の腕】 :20
【職人の指先】 :20
【職人の懐】 :110
ステータスの具体的な意味は上から順に、
スタミナ・MP・知性・鑑定力・腕力・器用さ・収納可能アイテム枠数
初期値はオール10(懐だけ100)だが、種族ボーナスで全てにプラス10。
現在のカンストは300(懐は999)
技能
【農業】 :5
【布・皮革】 :5
【酪農】 :5
【鍛治】 :5
【調合・調薬】:5
【料理】 :5
【木工】 :5
【錬金術】 :5
【装飾加工】 :5
本来なら初期値はオール1からだが、精霊は初期値が5から。
そして最初にどこかへ弟子入りして、技能10に増えてゲームスタート……なのだが、主人公のシオンはするのだろうか?
ちなみにカンストは100。
技能の詳細な内容が知りたい方は、備忘録へどうぞ。
選択した種族によって成長のしやすさが違うのだが、ものづくり界のトップオブトップであるクリエイト精霊は、成長スピードが他者・他種族とは段違いである。