プロローグ
目立った山とかオチとかは無いと思いますが、よろしくお願いします。
とある時代、とある場所。
そこには、とあるインディーズ製のゲームがあった。
評判は主に『キャラメイクしたらゲームクリア』『マゾ作業ゲー』『シナリオ性無し』『図鑑埋めゲー』『恋愛も結婚もしない牧場運営ゲーム』『申し訳程度のオンライン要素』等で占められる、何をしたいのか皆目検討がつかないゲームである。
なぜなら、プレイヤーが出来るのは、ただひたすら生産する事のみなのだから。
ゲームの流れは単純だ。
呆れるほど多い選択肢から組み合わせて、自キャラを創る。
クリエイ村と呼ばれる場所を舞台にして、ゲームが始まる。
村内の生産に関する施設をリストから選び、弟子入りするチュートリアル。
チュートリアルが完了したら数年の時間が飛び、村外れにある拠点を独立の証として師匠(又は親方)からもらう。
村民からの注文(依頼)をこなしたり生産物を売買しながら、他の生産にも手を出しつつ、ゲーム製作者が力を入れて用意しまくった膨大な数の生産物を作るべく、ひたすら生産活動に明け暮れる。
終わり。
世界観はベタベタな中世西洋風ファンタジー。
剣有り魔法有りだが、その設定を活かす場所は生産しかない。
創った自キャラで選んだ種族によって、伸びの良い得意分野と悪い苦手分野があったり、村民との交流で申し訳程度にイベントがあったり。
プレイヤーの活躍(しているのか?)によって名声が上がり、村の人口が増えると、クリエイ町やクリエイ=ティ街へと成長する要素があったり。
自拠点の環境……例えば果樹園や畑の質や規模が大きくなれば、自キャラメイクの種族選択にハイエルフが追加される等の要素があったり。
ちなみに苦手な分野も得意な分野も無い、器用貧乏ヒューマン種にはハイ等が付く、明確な上位種族は存在しない。
指定はなく、どこかの分野が規定値まで伸びれば、2割程度引き継ぎで『少し強くてニューゲーム』が開放されたり。
少し強くてニューゲームでは、弟子入りするリストにデータがある旧自キャラも載っていて、独立の流れは師匠が旅に出る形へと変わったり。
旧自キャラが旅立つのは別に良いが、村の成長度は初期値へ戻り、自拠点の設備・施設が旧自キャラプレイ時よりグレードダウンしていて少し悲しく感じたり。
中々に小憎らしいオマケ要素も有るが、全てを堪能する前に、プレイヤーの楽しむ気分や根気が尽きる。 そんなゲームである。
だがここに、特大の弩エ……失礼。
ゲームをしゃぶり尽くさんとした漢が現れた。
彼は計画的に『少し強くてニューゲーム』を駆使し、各分野にとても強い上位種族でないと作れない物を製作して図鑑を埋め、総プレイ時間カウンターストップと言う時間を費やしてやり込んだ。
彼はなぜそこまでしたのか? いかにして突き動かされたのか? それは誰も分からない。
どマイナーなインディーズゲームである為、備忘録代わりに作っていた攻略情報サイトの閲覧者も少ない。 誰に誉められるわけでも無い。
だが彼はやり遂げた。
図鑑埋め、全種族開放条件、スネに傷持つ全村民イベント、村の成長タイミング、プレイヤー別オススメ全要素開放ルート、生産設備・道具の最良な改良法等々。
人気の無いゲームで、見る人の少ない攻略情報サイト……しかも個人で、インディーズの製作者すら唸る密度・精度で。
どこまでコイツはこのゲームが好きなのだ。
そして今日。
彼は今まで頑張ったご褒美として、自分を甘やかす事にした。
その内容は――――――
「今まで選ばなかった種族、クリエイト精霊で新しい自キャラを創る!」
どこまでもこのゲームが大好きな漢であった。
クリエイト精霊とは、自拠点で設置できる全施設・設備のグレードを最高にして、上位種族でないと作れない物を除いた物全ての生産。
それをすると開放される種族。
苦手分野無しの、全分野で最高適性を見せる、完全クリアボーナス。
「ここまでプレイしてくれて、どうもありがとう!」
そんな製作者の声を形にした種族。
いわゆる“ゲーム最強装備を手に入れたけど、それを使うボスが残っていない”状態のソレ。
新自キャラで精霊を選んだら、全要素を楽しめる。
もしクリエイト精霊を使うなら、順当にプレイすれば3代目には使え、無理をすれば2代目でも使えたりする。
エルフ→ハイエルフ→クリエイト精霊へ、上位進化してから精霊へ成るのが基本ルート。
エルフが得意とする分野のひとつである農業には、バグとも呼べる小技が存在して、プレイするのが楽なのだ。
それに精霊が見えない種族へ精霊が弟子入りすると独立までの展開は、旧キャラは精霊がおこす怪奇現象への恐怖で逃げ出す展開となって、悲しい思いをするので。
それとなぜか、旧自キャラ以外の全村民は精霊が見える。 種族的に見えないやつらも見える。 なにそれ超不公平。
なんで知ってるか? 情報サイトで、閲覧者からそう言った情報をもらったからだよ。
あと、上位種族は苦手分野のマイナス補正が無い。 むしろ器用貧乏のヒューマンより補正が良いまである。
無理をするならヒューマン1択だが、精霊を選べるようになるまでの総プレイ時間は、むしろ長くなる計算だ。
偏りは無い方がゲーム進行とか楽でしょ? とか思ってヒューマンなんて選ぶな、それは製作者の罠だ気を付けろ。
そんなこんなで、楽できる精霊を選んだら負けみたいに避けていた彼は、ゲーム総仕上げ気分。
今までの苦労を思い出しながら、全要素を再びしゃぶり尽くす。
そんな意気込みで、甘やかす勢いで。
~~~~~~
〈少し強くてニューゲームが選択されました〉
〈引き継ぎ設定は、総プレイ時間と開放された種族選択、がチェックされました〉
彼は根っからの変態なのだろうか?
普通の少し強くてニューゲームならば、過去にプレイしてきた財産を多少でも引き継げるのに、それすら拒んだ。
優遇された種族で多少楽になるとしても、過去の苦労を再び味わうのに、なぜ財産を捨てたのか?
甘やかすのではなかったのか?
「種族選択で表示された情報も含めて今までの苦労を考えると、どう考えてもクリエイト精霊はチートだもんな。 この位しないと楽しめない」
コイツ頭おかしい。
そんな頭おかしい人物が、ここで気まぐれを起こした。
「名前は……ずっとクリエイ太だったけど、今回はプロダクション変えて、シオン・クロプダにしてみようか。
んで今まで性別はずっと男を選んできたけど、女にしたら会話はどれだけ変わるのかな?」
サイトの充実を狙う気なのだろうか?
既に完璧と言って良い情報量だと言うのに。
「身長最小にしたら、自キャラへの対応がより大きく変化したら大発見……だと思う」
コイツの情熱は、なんでここまで達してしまったのか。
「髪は肩より少し上のセミロング、色はまっさらな気分で楽しむ気持ちを表して白……だとつまらないから、ニョキニョキとキャラが成長するイメージで植物を連想する深緑!」
何がしたいのだろうか、コイツは。
常人では到底理解し得ない領域へと至ってしまったのだろう。 多分。
「ぱっちりお目目、面白そうなタクアン眉毛、小さい鼻、ちっちゃいお口。 肌は安定の白で、ボディーラインは……イカっ腹じゃないな。
生産に邪魔とはならないだろう、ふつー・きゅっ・不老長寿の縁起を担いで桃尻。 あとは全身のバランスを整えて」
珍しい。 男性プレイヤーが女子キャラを創るなら、バストサイズは両極端が基本だろうに。
コイツの脳はあくまでも、生産行為が大前提なのだろうか?
……いや、ただの尻派なのかも知れない。
「クリエイト精霊はきっと何か、まだ知らない隠し要素がある。 因果は何も無いのに、精霊パワーで母乳を自力生産できたりするかもしれない。
生産した母乳でなにか作ったら特別な隠しアイテムが生産できるかも。 そして予想が当たった時に全く“無い”んじゃ搾れない」
ああ、本当に残念な方向での変態でした。
どうしてそんな発想ができる? お巡りさん呼ぶ?
「俺の生涯はこのゲームとある。 絶対にこのゲームを楽しみ尽くしてやる」
どマイナーなインディーズゲームに全てをかける。
謎の激情をみせるおバカが、そこに居た。
~~~~~~
全てのキャラメイクが終わり、全設定終了ボタンを押した時。
彼の経験に無い現象が起きた。
それは、一度少しだけ画面が歪み、見たことの無いメッセージウィンドウが出現したのだ。
〈これまでのゲームプレイ、誠に有り難う御座いました〉
これを読んだ変態の頭に浮かんだ事は、この謎現象の再現性である。
どうすれば、この特別なメッセージを再び読めるのか?
〈ここまで愛して頂いた当ゲームより、提案があります〉
ゲームの再立ち上げをして、またメッセージウィンドウが出るか確認しようとしていた手が止まる。
……と言うかコイツ、完全にデバッガ体質だな。 なんて一切思わない。 突っ込んでいたらキリが無いので。
〈ゲームとそっくりな世界があり、その世界が発展するには、あなたが楽しんでくれたゲームの知識と技術が必要なのです〉
目を見張る変態。
本人はただ、ゲームを楽しんでいるのだ。 そんな提案をされても、まともな思考であればゲーム演出のひとつだと考える。
考えてしまう。
〈もし同意して頂けるなら、あなたへ特典を授けます〉
それは悪魔の誘いだった。
だが彼は真性の変態。 特典なぞもらったら、ゲームとして楽しめない。
〈……分かりました。 では先ほど設定した、無垢なゲームアバターと、これから向かう世界とゲームとの差異をまとめた、チュートリアルブックのみ授けます〉
それだけなら否やはない。
なぜかメッセージに誘導され、いつの間にか求めに応じる流れとなっているが、当人は気にしていない。
しかも男からすれば重大な見落としまでしているのだが、全く気付いていない。
なんだか凄く面白そうなイベントを俺は見ていると、興奮していてそれどころではないから。
〈こちらが求めるのは、送り届けた世界で生産活動を行い、あなたの知識・技術を広めること〉
彼の願いは、好きなゲームを楽しみ続け、より深く楽しむ事。
その為には精霊と言う寿命のなさそうな種族は、とても有効に働くだろう。
〈ではどうぞ、あなたの新しい生産生活が、実り多い良きものであります様に〉
そのメッセージを読み終わると同時に、彼の視界は真っ白に染まった。
ねえ知ってる?
ゲーム式の成長システムって、リアルではン十年かけて一端の職人にまで成長するものが、数十時間とかで成長出来ちゃうんだよ?
何度も何度も迷って壁に当たって苦しんで、ようやくたどり着ける領域へ、飽きた~とかぶつぶつ言いながら繰り返しやる作業だけで到達できちゃうんだよ。
それって十分チート(ズル)だよね?
まあ、ゲームのプレイ時間とゲーム内での経過時間を一致させてない条件での話だから、現実になったら少しズレるけどね?