奴が来る!
オババ様、ついに動く……!!
1年目 4月22日 水やり日
その日の朝。
クリエイト精霊となり、ひとりのんびりクリエイ村のはずれで、ボロ小屋を勝手に建て替え、更にそばの荒れ地を豊かな土地へと変え、好き放題生産ライフを謳歌していたシオン・クロプダが頭を悩ませていた。
その姿は小さな女の子で、悩む姿を見ると胸が締め付けられる様に痛む。 と言えればいいが、コイツの場合そうそう心配には及ばない。
おでこにくっついているタクアン眉毛を尺取り虫にしながら、がっつり頭を抱えた場所は、建て替えた丸太組みの家の裏。
元採掘場から拾い集めた石で積み上げた、鍛冶に使われる小屋の中に設置された作業台用の椅子。
「ゲームより、ステータスや技能の成長が遅い……」
……アホだ。 アホが居る。
どうせ悩みなんてそんなもんだよ、コイツに限っては、
「ゲーム開始から20日は経っているのに……20日×24時間で、技能が伸びない行動を沢山しているにしても、プレイ時間的にはとっくに…………」
……本物のアホだ。 本物のアホが居る。
なぜあまり成長していないか?
そんなのは当たり前だ。
「なぜだ……苦手分野がある程度カバーされる、他の上位種族でも4・500時間、2年目開始までには…………あ」
シオン自ら気付いたが、まあそう言う事である。
「プレイ時間とリアル時間、違うじゃん」
つまりそう言う事である!
「むしろ開始直後の、4月中にここまで成長させた俺、成長しすぎじゃん! クリエイト精霊の精霊力がマジで化け物じゃん、」
つまりつまりそう言う事であるっ!!
「なんだよ! あー焦ったぁ。 原因が解って落ち着いたし、朝メシでも作るかぁ」
自己解決して満足したアホ精霊は足取り軽く、ふよふよ浮きながら木組み小屋へ【料理】技能を伸ばすべく黒焦げ料理を作りに行った。
~~~~~~
「ううっ……美味い料理を食べるのは、まだまだ先か」
食事をどうにか白目かつ涙目で、しかも体をビクンビクンさせながら摂ったシオン。
ダークマターを【職人の眼】で鑑定するとこんな感じ。
名称:黒焦げ料理
耐久:なし(消耗品のため使い捨て)
付与:味評価上昇(小)+味評価上昇(小)=美味しくなぁれ
解説:加熱し過ぎて失敗した料理。 これを食す者は豪の者であり、これを作って平然と食させる者もまた、豪の者である。 何をどうしても不味い物は不味い。 食べるな危険!
付与で味を誤魔化そうとしたが、解説に書いてある通り改善されず、彼女は泣く泣くビクンビクンと食べていた。
わざと作っている失敗料理との大格闘を制し、受けたダメージも癒えた頃、ようやく動く気力が戻ってくる。
「さて、今日は何をしようか。 【錬金術】の数値的には、鉄を魔力のこもった魔鉄や、鉄を銀にして魔銀まで変換できる。 【鍛冶】を簡単にもっと伸ばすなら……ってなんだ? 玄関から物音がする、誰か来たようだ」
今日も変わらず独り言を繰り倒すシオンだったが、どうにも変化が起きたようだ。
本人の言った通り、玄関の扉から音がする。
来客を知らせるのがノック音では無く、扉に傷をつける引っ掻く音と言うのが、すこし残念かもしれない。
それが分かっているので、コイツはハハッ(裏声)される心配を抱かず、気楽に危険な発言をしやがった。
「はいはい、今行きますよ~っと」
精霊である為に、感知出来ないものなら聞こえていない可能性も気にせず返事して、お気楽な調子で扉に手をかける。
「……あ、今の俺は精霊なんだから、扉を開けずに通り抜けるとか出来るよな?」
さて開けようか。 そんな大事なところでしょーもない考えをしてしまったシオンは、気の赴くまま実験を開始する。
……ちなみこの時点で、引っ掻く音は既にしなくなっていた。
ぬるんっ。
実際にはそんな効果音なぞ鳴っていないが、そうとしか聞こえない感じに、ふざけた現象が起きている。
「お? やっぱりすり抜けられるな?」
扉の取っ手から手を離し、適当に扉へ当てた手の平。
普通に何気なく手を当てるだけでは通り抜けられなかったのに、通り抜けるのを意識してみたら、その瞬間にぬるんっ。 だった。
「よし、よし、よしっ! 全身もちゃんとイケる!!」
調子に乗ったアホは、当初の目的さえ忘れて通り抜けの実験を続行した。
~~~~~~
「家の壁、行ける! 屋根、行ける! 地面、潜れる! すげー、何でも行ける!!」
ロクでも無い精霊に代わりまして、謝罪いたします。 本当にすみません。
色々実験し、満足したシオンは玄関へ戻ってきた。
そして自身はなぜ玄関へ来たのか、その理由を扉の外で待っていた存在を見て思い出し、余計な事も口走る。
「あ……もうそこまで行ったの、俺?」
玄関に来たお客様は、ヒトでは無かった。
まあヒトであれば呼び掛けるとかノックするとか、そう言った常識的な行動をとったであろう事は、考えるまでもないだろうが。
ではなにか? と訊かれれば【眼】でとある部分を鑑定すれば判る。
名称:INUの毛
付与:なし
解説:INUの毛。 INUの毛にはノミ等が絶対につかず、安心して触れる。 季節で生え代わりは無いし、毛自体抜けない。 何かがあって切れたり抜けると、短時間で復元する。
ゲーム時代ではそもそもINUを鑑定出来なかったが、こうやって素材となりそうな部位を素材として鑑定すれば、なにものかが解るようになった。
ちなみにこのINUの登場条件は、畑で規定数の種類、作物を育てて収穫する事。 条件が満たされた翌日、玄関に登場する。
ゲームでは進行の関係で育てられる種類が制限されるため、早くても5月半ば過ぎ、のんびりやって遅いと秋まで来なかったりする。
見た目はオーソドックスな柴犬。 それがお座りして、しっぽをフリフリ揺らしながら、何かを期待する瞳でシオンを見上げている。
ゲームでは何も言わずとも、メッセージウィンドウで勝手に受け入れて飼い始める流れになるのだが、お互いしばらく見つめ合ってからようやく彼女がINUへ呼び掛ける。
「ウチに来るか?」
……来るかも何も、既にウチの前へ来ている。
そんな野暮な突っ込みは言わないで置くが、要はウチの飼いINUになるか? と言いたかったのであろう。
とても賢いINUはその辺を重々承知している。 だから、たったの一言。 しっぽをフリフリさせながら。
〈ワンッ!〉
とひと吠えして、シオンが開けた扉から、立ち上がって入っていった。
「今更だけどこのINU、普通の動物には感知出来ない精霊を、普通に感知してるんだよな」
〈ワンッ!〉
現時点で作れる最上級の、犬に配慮した野菜炒めを作って、ささやかながらに歓迎会を開いている少女。
この少女の狙いはようやく【酪農】技能が伸ばせる事である。 動物を飼育することで成長するのであるからして、歓迎しない訳がない。
あと歓迎会と言っても、INU用のエサ皿を木で作って、料理と呼べない料理を出してやっただけだが。
本人はダークマターを涙ながらに食べていると言うのに、INUはちゃんとした料理モドキを食べているだけだが!
「名前は……っとそう言えばこいつ、ゲームで肉を食わせなくても問題なかったんだよな。 どうなってんだ?」
名前を考えるよりも先に、気になる事が出来た様だ。
「ゲームでは果物でもOK、犬はダメなはずのネギ類もOKだったな。 犬用料理を作って損した」
〈ワンッ!〉
彼女が独り言を繰る度に返事をしてくれるINU、可愛い。 返事をしたらすぐ食事に戻るINU、可愛い。
「特に教育しなくてもしっかり世話して構ってやると、愛玩犬のみならず番犬・牧羊犬もやってくれる、万能INU」
〈ワンッ!〉
秘密のデータによれば、愛情度だそうな。 それが高いと、少し手伝いをしてくれる様になる。 低いと気ままに動いてフンを畑にしたり、作物を勝手に食べたりする。
「暇すぎる他プレイヤーの報告では、20年飼い続けても老いる気配さえ見せない、長寿のINU」
〈ワンッ!〉
シオンは全種族でのプレイや図鑑埋めばかりして知らなかったが、他人からスクリーンショットでもらったがそこには、20年目でも元気に若々しく動き回るINUが居たのだ。
編集とか改造データを疑ってみたが、メーカー問い合わせでは「仕様です」の言葉で一蹴された。
「お前は犬? それともINU?」
〈ワンッ!〉
飼い主のシオンさん、完全に思考の迷路で迷子に。
図鑑で読んだINUのデータには、愛情を持って飼ってあげれば良きパートナーに~とか、無難な説明しか載っていなかったのだ。
INUの秘密をあばくなら、自力でしなければならない。 よって、ますます迷路へと迷い込む。
出口をいくら探しても見つからずに泣いて、INUは対応に困……ってないな。 そもそもシオンは泣いてない。
つまりINUのお巡りさんはお呼びじゃない。
~~~~~~
〈ワンッ!〉
「はっ!?」
しばらく迷子していた思考が、INUによって引き戻される。
お呼びじゃなかったINUのお巡りさんが、お節介にも連れ出した形となる。
迷子の時間はおよそ1時間と少し。 随分時間を消費していた様だ。
その間ずっとシオンの側でお座りして見上げていたINU、すごいかわいい。 凄く可愛いじゃない、すごいかわいいのだ。
INUの様子に、彼女がしなければならない事を思いだし、少し慌てる。
「すまん、まだ名前を付けてなかったな。 すぐ付けてやるから、もう少し待ってくれ」
〈ワンッ!〉
まあ、当然である。 むしろ飼いINUとするのに、名前をすぐにつけないとは何事か! と叱りたい。
「ん~~~……」
あざとく人差し指の腹を唇に当て、目をクリンと上向かせ、タクアン眉毛をピクピク上下させる少女の思考を少し抜き出すと、以下の通りとなる。
ゲームでいつも付けてるポチ……じゃダメだな。 すこし気合いを入れて名付けしたい。
ならばポをずらしてパチ……もダメ。 だったら今度はチをずらすか。 パツ、パテ、パト……。
それならレイバー。 ふむ? 燃える男の汎用……ヘラクレス? まんまじゃつまらない。
そこから2文字取ってみるか。 ヘラ、ヘク、ヘレ……酒か? 酒だな。
そんな暴走の果てにたどり着いた名前が、
「お前の名前はヘレシュ! これで良いか?」
響きは悪くないが、たどった思考は最悪である。 あるのだが、当のINUはと言えば、
〈ワンッ!〉
「よし、お前は今日からヘレシュだ!」
〈ワンッ! ワンッ!〉
名称:ヘレシュの毛
付与:なし
解説:INUであるヘレシュの毛。 INUの毛にはノミ等が絶対につかず、安心して触れる。 季節で生え代わりは無いし、毛自体抜けない。 何かがあって切れたり抜けると、短時間で復元する。
INUがしっぽをブリンブリン振り倒し、受け入れられて登録されてしまった。
「よしヘレシュ。 エサ皿だけじゃなくて、お前の寝床や手入れ道具も作ってやるからな?」
〈ワンッ!〉
…………あ~~~~。 両者が良いって言っているし、楽しそうなんだから良い……のかなぁ?
このひとりと一匹の様子を、丸太組みの家にはまっているガラス窓から、こっそり覗き見ていた影がひとつ。
「少女サイズまで成長した大精霊と、それを感知出来る犬? ……って事は、ありゃ伝説に聞くINUかい。 またトンでもない大物が、こんな村に来ちまったよ」
前の話で聴いた、村はずれに出来たと言う聖域と精霊の様子を見に来たエルフの老女、オババ様。
もしイタズラが過ぎる精霊なら、何とかしなければと義務感も有ったがそんなのは、とうに吹き飛んでいた。
ついでにガラス窓なんて、貴族位しか使えない高価な物が有ることにも驚きはしたが、大精霊の前にはそんな物気にしている場合ではなかった。
「しかもあんな精霊、今まで見た事も聴いた事も本で読んだ事も無い。 最初は深緑の髪の毛と聖域の様子からして、大地や植物系統かと思ったら違うようだし。
これはアタシでどうにか出来る領分を越えちまってる。
少し観察して、マシな性格してそうな精霊だったら接触。 危険な精霊だったら村は終わり。 もうこれしかないね」
シオンの経緯や性格など知らないオババ様が、悲壮な決意をかためる。 大精霊が大暴れすれば、村など簡単に消されるし。
「村長なんざ頼りになりゃしない。 アイツは俗物過ぎていけない」
オババ様は村唯一の医療関係者。 命に直結する部分の要だけに、責任感や判断力は随一だ。
「あのINUを従えた大精霊、良い精霊であっておくれよ?」
呟くオババの目には、ちょうど家の奥……畑の方へ向かう裏口から出て行く2体の姿が見えた。
オババ様が動くと言ったが、接触するとは言ってない!(ニチャア顔)
次回、INUの登場で大きく変わる生産ライフ!
鉄を掘ってた頃にしていた、アホな妄想が実現するかも?
少しの間、シオンのステータスをこちらで。
(前話と今話での変動表示)
シオン・クロプダ
クリエイト精霊・女性型
装備 :初期衣装
装飾品:なし
ステータス
【職人の体つき】:172→178(主要因 ヘレシュ関連)
【職人の魂】 :150→166(パートナーができて歓喜)
【職人の知識】 :87→93(ヘレシュの生態へ興味)
【職人の眼】 :119→128(ヘレシュを観察)
【職人の腕】 :161→170(設備の見直し)
【職人の指先】 :94→109(ヘレシュ対策で囲いの工夫を)
【職人の懐】 :348→372(飼いINUをお迎え)
ステータスの具体的な意味は上から順に、
スタミナ・MP・知性・鑑定力・腕力・器用さ・収納可能アイテム枠数
初期値はオール10(懐だけ100)だが、種族ボーナスで全てにプラス10。
現在のカンストは300(懐は999)
技能
【農業】 :100(カンスト)
【布・皮革】 :5
【酪農】 :5→9(ヘレシュを愛でる)
【鍛治】 :35→40(トントントン、トンカラリン)
【調合・調薬】:16→18(胃薬……胃薬を……)
【料理】 :74→80(不味いダークマターより、美味い物食いたい)
【木工】 :52→56(ヘレシュ用のアレコレ)
【錬金術】 :68→72(付与を……ダークマターに勝てる付与を……)
【装飾加工】 :44→47(ヘレシュに見合った道具を)
技能のカンストは現在100