王様のお話
コンコンコン、部屋にノック音が響く。
「国王陛下、並びに妃殿下がいらっしゃいました」
さっとシエルが頭を下げたのでアンリも真似をする。
がちゃり、とドアが開き、優しそうな声が降り注いだ。
「まぁまぁ、顔を上げておくれ」
「はっ」
国王陛下の言葉を受け2人は頭をあげる。恐る恐る顔を上げたアンリの目に飛び込んできたのは絶世の美女とイケオジだった。
ーーーなんだこの美男美女…
「ふふふふ、そう畏まらないで?正式な場ではないのです。それに、わたくしたちが無茶言って呼び出したのですから」
ころころと鈴が鳴るように話すのは王妃、エルダ・メリーノ・クリスディア。金色の髪に緩くかかったウェーブ、そして女性なら誰もが羨むスタイルの良さだ。
「そうだぞ。特にアンリ嬢、病状が回復してすぐであるのに、本当にすまなかった」
心底すまなそうに言ったのは国王、ベルナール・アルベルド・カルバートだ。王妃より十も上でありながら、優しさと大人の魅力が滲み出ている所謂イケオジだ。
「謝らないで下さいませ。わたくしこのような場にお呼びいただけたこと、大変名誉に思います」
「いや、この謝罪は受け取ってくれ。でないと君のお父さんになんと言われるか…考えただけでも恐ろしい」
ベルナールは宰相に詰め寄られる未来を想像し苦笑した。
「して、シリル君よ。君もよく来てくれた。感謝するぞ」
「勿体なきお言葉です。陛下」
少年はもう一度礼をした。少年の畏った態度にエルダは口を挟む。
「だから、そんなに堅くならないで?今回、わたくしたちはお願いをする立場なんですから。それに、病み上がりの子にいつまで立ち話させるつもり?貴方?」
「あ、ああ。すまないエルダ。みんな、座ってくれ」
エルダの言った『お願い』に何かしらあると感じ取ったアンリとシリルは顔を見合わせ、こくんと頷き合ってから席についた。
「早速だが、本題に入らせてもらう。君たちには、とある作戦、を手伝って欲しい」
「とある作戦、っていうのはね、悪役令嬢大作戦って言うのだけれどね。貴方たち、大国のサンザシ王国に行方不明の王女がいらっしゃることはご存知?その王女様がね、先月我が国、フローシア王国内で見つかったわ」
エルダはアンリたちに一切話す隙を与えず、だが、優雅に畳みかけた。捲し立てているのに、品のあるとかいう、まさに神業のようなトークスキルを展開していく。
「その王女様、誘拐された後、本人は何も知らないままマリエルという名で平民として暮らしていらっしゃったの。だけれど、先月の魔力判定で光属性の適正が出て、地方の男爵家が勝手に隠し子だったことにして引き取っちゃったのよ。そのマリエルちゃんを宮廷魔術師団団長、あ、シリル君のお父様ね、が偶然見かけて、その容姿がまぁ、サンザシ王国の王妃様とそっくりだ、と報告してくださったお陰で事態が発覚したの」
アンリは目をぱちくりさせた。隣でシリルも同じことをしている。
「エ、エルダ?いくら何でも一気に説明しすぎでは?」
ベルナールが困惑した様子で口を挟んだ。
「あら、貴方。彼らのお父様方が了承した時点で彼らに拒否権は無いのよ?それなのに勿体ぶって『これ以上聞くともう後戻りは出来ないぞ?』などと言う方が性格が悪うございません?」
「ぐっ…。た、確かに…」
エルダとベルナールの会話をよそに、もう一度顔を見合わせたアンリとシリルは無言で見つめ合った。
ーーーマイファザァァア!?娘になんの相談もなしに何決めちゃってんのおおお!?
多分、シリルも同じようなことを思ってるはずだ、と勝手に解釈し心の安寧を図るアンリである。
「それじゃあ、続きを説明するわね。事態が発覚後、極秘裏にサンザシ王国に使いを出し、書簡のやり取りを始めたわ。でもね、運命の悪戯か、わたくしたちの息子エドワードと、マリエルちゃんが出会ってしまった。そのことに気づいた時にはもう遅かったわ。2人とも互いに惹かれあっちゃっていたの。」
「「は、はぁ、なるほど…?」」
それが自分たちとどう関係するのか掴めないアンリたちは中途半端な相槌を打つ。
そしてエルダに促されベルナールも話し始めた。
「ここで、宰相、アンリ嬢のお父さんが、これを機にサンザシ王国とパイプを作ることを提案したのだ。我が国で取れる鉱石とサンザシ王国で取れる油を使えばとんでもない化学兵器が大量生産できる」
「どういうことですか!?まさか、戦争を起こす気じゃ…」
ベルナールの物騒な発言に、思わずシリルは立ち上がった。が、ベルナールは落ち着いた様子で答える。
「逆だよ。逆。我々はそれを戦争の牽制材に使うつもりなんだ。まぁ、サンザシ王国側はそうは考えていないだろうが…。しかし、この結婚が上手くいけば、我が国がサンザシ王国に戦争を仕掛けられる可能性がうんと減る」
「なるほど…。すみません。早合点でした…」
「構わん構わん。その気持ち、忘れないでくれよ…」
ベルナールは未来ある若者に目を細め笑った。
「さて、それでだな、この計画がもし、明るみになれば、諸外国の奴らが黙っているはずもなく、戦争を仕掛けてくるだろう。そこで我々はマリエル嬢をこのまま男爵令嬢としてエドワードと結婚させることを提案した。サンザシ王国側もこれに理解を示してくれた。が、…これを見てくれ…」
そう言ってベルナールは一つの手紙を取り出し、アンリたちに見せた。
『サンザシ王国は貴殿らの提案を前向きに検討している。ただし、両陛下は第三王女殿下、マルタ・クエスタ・グラノリェルス様の幸せを第一に考えておられる。故に、王女殿下の身に何かあった場合、また、不快な処遇が見られた際には、それ相応の対応をさせて頂く。ついては、監察員の留学を了解頂きたい』
「要は『うちの姫さんに舐めたことしてみろ?国ごと潰すぞ?』ってことなのよね。うふふふ」
エルダはおかしそうに笑う。アンリたちはゴクリと唾を飲み込んだ。
「平民上がりの男爵令嬢なんて学園では格好の的よ…?でも、他のご令嬢方に虐められたら、目も当てられない。けれど爵位を与えるのも勘繰られてしまう。それに、エドワードに変な虫が付いたりしたら計画は頓挫する。けれど、いい加減婚約者をつけなければ怪しまれる……」
エルダはそこで一度言葉を区切ったあと、柔らかく微笑んで続けた。
「さて、作戦名は『悪役令嬢大作戦』よ?わたくしたちが何を頼むか、そろそろバレてしまっているわね」
ぎっぎっぎっ、と音の鳴りそうなカクカク具合でアンリたちは、再び顔を見合わせ、恐る恐る発言する。
「つまり、わたくしは殿下の婚約者となり、悪役令嬢よろしく最恐悪になることで虐めをコントロールしつつ…」
「マリエル様の快適な学園生活を守り、更にそれを誰にも勘づかれてはいけない…?」
「さすが、正解よ。あ、あと、マリエルちゃん、この事に気づいちゃったら『戦争の火種となるくらいなら…!』って身を引いちゃうくらい良い子だから本人にもバレない様にね」
エルダがニコニコと付け足し、
「すまない。この計画の関係者かつ、マリエル嬢と同学年なのは君たちだけなんだ。この国の未来は君たちにかかっていると言っても過言ではない。頼む。なんとしてでもやり通してくれ」
ベルナールは真剣な顔で頭を下げた。
「この計画は本当にギリギリですわ。マリエルちゃんに何かあった場合、それ等しくこの国の終わりと考えて差し支えないぐらい」
「君たち子供にこんな計画を任せてしまうこと、大人失格なのは重々承知している。それでも、これが一番確率の高い方法なんだ。どうか、この国に未来を…」
2人は表情自体は先ほどと変わらず、ただ目の奥に僅かな切迫感を灯して言った。
ーーーえ…?重くね?責任重大すぎね?あ、これ、夢だよ。うん、そうに違いない…。
色々とキャパオーバーしてしまったアンリは一周回って冷静にこれが夢であることを切望した。