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あなたのもとに辿り着くまで

 大晦日、莉子と湊は夫婦となった。

 夫婦になったからといって何かが大きく変わるわけではなかったが、一つ挙げるなら二人の心が一つに束ねられ、より強い絆が生まれたと言うことは間違いなかった。



 始業式の今日、湊は一足先に学校に向かった。



「莉子。大丈夫よ。何があっても、私たちはあなたの味方だから。」

 母のその言葉に励まされ重い玄関の扉を開ける。


 ひんやりと冷たい朝の空気が頰に当たり、ヒリヒリと痛む。

 呼吸をするたびに口から漏れる白い息は不安げに頼りなく消えていく。



『どんな顔をして教室を開ければいいんだろう…。』

 そんな事を止め処もなく考えているうちに胃がキリキリと痛んでくる。



『みんな予想もしてなかったろうな…。』

 はぁ…とため息を着いた白い息の向こうには、もう学校が見えてきた。



 長い廊下を抜け、階段を登る。

 時間ギリギリで登校した莉子は、きっと教室に入るのは自分が一番最後だろうな…と扉に手をかけた。



 息を止め、ガラッと扉を開ける。


 一瞬静まり帰り黄色い声と歓声が巻き起こる。

『おめでとうー!!』

 と言う言葉が夢なのか現実なのか、全く理解できずに立ち尽くす莉子。



 杏と桃が莉子に近寄り、黒板の前に立たせる。


「莉子!!おめでとう!!」

 涙を溜めて杏が莉子を抱きしめる。



「え?……なんで……?」

 莉子はまだうまく言葉が出て来ない。



「みんなね、莉子と先生の事、ちゃんと分かってるから。」

 杏は安心させるように莉子に伝える。



「実は終業式の日にね、田中さんがみんなの前で泣きながら莉子と先生の事認めてあげてくれって、訴えたのよ。」

 噂を広めた張本人である桃が呆れた様に語り出す。


「田中さん、羽鳥さんや先生がストーカーから身体を張って守ってくれた事、ずっと心に留めてたみたいでね。」

 優に目線を送る桃。



「ほら、こっち来なさいよ!!」

 杏に引きずられる様にして引っ張り出される優。



「田中さん……。」

 莉子は驚き優を見つめる。



「羽鳥さん……本当にありがとう…、それからごめんなさい!」

 頭を下げる。



「どうして謝るの?悪いのはストーカーでしょ?」

 莉子はそっと優の肩に手を置く。



「私……新井先生の事、送り迎えしてもらった頃から好きになってしまって…。羽鳥さんと、新井先生がそんな関係だったなんて最初は知らなかったから…。でもやっぱり先生の事ずっと見てると、あぁ、羽鳥さんの事本当に大切に思ってるんだなって、気がつきはじめて…、ずっとヤキモチやいてた…。先生と私が噂になっても否定しなかったし…きっと羽鳥さんのこと、凄く傷つけたのに、私のこと自分の身体を張って守ってくれたじゃない…。ずっと伝えたかったの。ありがとう、ごめんなさいって…。」

 震えながら一生懸命話す優を優しく抱きしめる莉子。



「こちらこそ…隠しててごめんなさい。田中さんだって…いっぱい傷ついたでしょう?」

 莉子は優の頭を優しく撫でる。



「田中さんと、私と、斗真と、三人で大川さんを説得して、四人で手分けして冬休み、みんなの家を回って一人一人、莉子と先生の事認めて欲しいってお願いしに回ったんだよ。」

 杏は得意げに力こぶを見せる。



「意外とね、みんなすんなり受け入れてくれて…、まぁ、受験勉強で忙しいからそれどころじゃないってのもあったとは思うけど…。」

 杏の言葉に笑いが巻き起こる。


「とにかく、この件で、新井先生に担任やめられちゃっても私たちも困るし、こうしてみんながみんないいよって言ってくれるのは二人の人徳よ。」

 うんうんと頷く杏。



「それでね……。」

 急にコソコソ話で莉子の耳元に近寄り、

「実は…、斗真くんと付き合うことになったの!」

 そう言って斗真を見つめる杏。


 その視線に気づいた斗真は恥ずかしそうに背を向け追い払う仕草を見せる。



「おめでとう!杏!!」

 莉子はギュッと杏に抱きつく。


 周りは『なんだなんだ?杏と斗真もか…?』

 と呆れた空気が流れる。



 莉子はみんなに向かって、

「今まで隠しててごめんなさい…。みんなありがとう…!」

 そう泣きながら頭を下げた。



「ねぇ、先生にもドッキリ仕掛けてやろうよ!!」

 コソコソと桃が話し出す。



「わかった?みんな!早く席について!!羽鳥さんは何にも喋んないでよ!!」

 本鈴とともに一斉に席に着き険しい顔になる。




 しんとした教室の雰囲気を感じ取り、湊は恐る恐る扉を開ける。

 クラスを見渡すと、誰一人自分と目を合わせようとしない。


『これは思った以上に状況は厳しそうだ……。』

 そう一気に悲観する。



「先生!!羽鳥さんと付き合ってるって本当何ですか?」

 わざとらしく桃が声を荒げる。


「あぁ…、本当だ。みんなに黙ってて…本当にすまなかった…。」

 静かな声で真剣に謝る湊。


「私たちの先生に憧れる気持ちを差し置いて、羽鳥さんの一体どこが良くてそうなったんですか?キスとかもしてるんですか?」

 別の女生徒が際どい質問を投げかける。


「あ…いや、その……、羽鳥さんとは出逢った時から運命の人だと感じて……。」

 タジタジになりながら話す真っ赤になった湊の姿に斗真が堪えきれず、『ブーッ』と吹き出した。


 そのあと、堰を切ったようにクラス中が笑いと歓喜に包まれる。


 湊は全く状況が理解できないまま莉子と同じリアクションをして固まっている。


 莉子はそんな湊を見ていられないと、彼から目をそらした。



「先生!!もう全部みんな分かってるし、ちゃんと二人の事認めるので、卒業までしっかり俺たちの面倒みてください!!」

 斗真がまだ堪え切れない笑いをなんとか抑えて喋る。


「全部分かってるって……?」

 何が何だかまだ思考がついていけない湊。


「いいから、詳しくは帰ってから莉子に聞いてください。」

 やれやれとみんな席に着く。


「莉子…いや、羽鳥さん…入籍した事も伝えたの?」


 その言葉に一瞬しんと静まり帰る。



「えっ?何?結婚したの?!マジで?!てか、莉子って名前で呼んだよ今!!」

 二人の付き合いは本気のものだったのだと、『入籍』というとてつもない重く説得力のある言葉に、クラス全員驚きの波に呑み込まれた。


 自然に拍手が湧き上がり、そこかしこから『おめでとう!』の言葉が上がる。

 次第に盛大にになり、その騒ぎを聞きつけた学年主任が様子を見に来る。



「何の騒ぎだ!新井先生!!」

 ドカドカと教室に入り込んだ学年主任に一同、

「新井先生、羽鳥さん、おめでとう!!」

 と再び満面の笑みで拍手を送る。



 その光景を見て悟った様に渋々背を向ける学年主任。



「みんな……、本当にありがとう。みんなが笑顔で卒業できるまで…全力で頑張るから、着いてきてくれな!」

 感極まって涙を流す湊。


「先生、泣いてる場合じゃないですよ!さっさと出欠取ってください!」

 生徒に促されて、感謝の気持ちを込めて、一人一人の名前を呼んだ…。








 3月。

 図書室から、満開になった桜の木をじっと眺める莉子。

 ここから二人の時間は始まったのだと振り返り様々な思い出が蘇る。


 卒業式を終えて、この図書室ともお別れだなぁと、よく手に取った本や、湊と並んで座った椅子、初めてキスした場所…一つ一つを愛おしく触れていく。


 初めて愛した人が先生で、私がたまたま生徒だっただけの話…。


 本当に惹かれ合うもの同士はどんなに対照的な立場であっても、巡り巡って必ず出逢ってしまうものなのだと莉子は思う。



『逢いたいなぁ』と思ってここに来るといつも居てくれた湊。


「今日は……さすがに居ないか…。」

 ふふと笑う莉子の背中越しに、ガラッと扉の開く音がする。



「羽鳥さん!!」

 そう呼ぶ声は明らかに聞き覚えのある愛しい声。


「先生!」

 振り返りにっこりと微笑む。


 初めてキスをしたこの場所で、二人はまた顔を近づける。


 あの時は別れの悲しいキスだったが、今日はこれからの未来を誓うキス。


 そっと触れる唇はいつものように温かく、莉子の心を包み込む。


「莉子…。ここに来るのも…もう今日が最後かもな…。」


「先生…、先生……。今日だけは……たくさん先生って呼ばせて……。」


 暖かい光が差し込む窓の外には、花びらが柔らかな春風に乗ってふわふわと舞い落ちる。

 美しく堂々と咲き誇る桜は、二人に訪れる輝かしい人生を祝福しているかのようだった。


「やっとここまで辿り着いたな……。」

 そんな風景を感慨深い想いとともに、出逢った頃の様に指定席に座る莉子と湊。


 二人は寄り添いながらいつまでも眺めていた…。





 完




今まで読んでくださってありがとうございました!10万字を目標に進めてきましたが、色々課題になるところも見つけられ、次作に活かせればと思います。近々始める予定なのでまた、ぜひお読みいただければ嬉しいです。

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