先生の彼女
湊は新任の教師になって初めてこの街の図書館を訪れた。
「なんて綺麗な景色なんだ…。」
風に舞う桜の花びらを見ていると、この前莉子といた図書室の窓の外を思い出す。
『そういえば、彼女はどうしてるだろう?』
なんとなくだが莉子のはにかんだ表情が頭の奥を霞める。
すると花びらの舞う景色の向こうに今頭の中に思い浮かべていた彼女の姿が目に飛び込んでくる。
『まさか…な。』
こんな偶然があるものか、そう思ってもう一度彼女らしき女性かどうか目を細め確認する。
そこには確かに莉子が微笑んでいた。
どこか見覚えのある男性と一緒に…。
湊は、彼がそうか…と察した。
何か分からないがモヤモヤとした感情が湧き上がるのを感じる。
この気持ちはなんなんだろう…??
固まった足元から一歩前に踏み出そうとしても動かせない。
彼女は気付かず彼と一緒に歩き出す。
それを複雑な感情で見送る湊。
頭の中がキンとした痛みに襲われる。
「華鈴…!」
突然自分の意思とは無関係に口から誰かの名前が飛び出す。
自然と頰を伝う涙に湊は心当たりが見つからない。
激しい動悸が湊を襲う。
その場にしゃがみこむように蹲った…。
「ねぇ斗真。何食べる?」
図書館の中のカフェでメニューを差し出す。
正面からマジマジと斗真の顔を見ながらランチを食べる事など最近はまずない事だった。
「…なんか、緊張するね。」
恥ずかしさを誤魔化すように必死に会話を探す莉子。
そんな莉子の視線を感じながら、あれほど好きな彼女が今目の前にいる事が斗真にとって奇跡とも言える時間だった。
「これなんか美味しそうじゃない?」
そんな他愛のない会話が斗真の顔を綻ばす。
すると、隣のテーブルの女性が急に立ち上がり
「湊!…どうしたの?凄い顔色悪いわよ?」
そう言って近づいてくる男性に椅子を引き、迎え入れる。
「ごめんな、ちょっと、途中具合悪くなっちゃって…。」
聞き覚えのある名前と声に、莉子は二人の男女に視線をやる。
「……先生!?」
莉子は驚きのあまりその先の言葉が出てこない。
「知り合い?」
湊の隣にいる髪の長い誰がどう見ても美人だと口を揃えて言うだろう上品な女性が問いかける。
「あぁ、俺のクラスの生徒だよ。」
そう言って莉子を見る。
「先生、その人、もしかして言ってた彼女ですか??」
斗真は興味津々に会話に入ってくる。
「そうだよ。よく覚えてたな。」
彼女を見つめながら微笑む湊。
莉子は顔があげられない。
彼女がいる事くらいもちろん知っていた。
湊への想いがあるのは自覚していても、最初から叶わぬ恋だと覚悟もしていた。
それなのに、莉子は実際湊の彼女を目の前にして、動けなくなっていた。
「……斗真。ちょっとお店変えない?やっぱり先生が隣って緊張するし。」
必死に莉子は訴える。
「そうだな。先生も二人きりになりたいでしょうしね!」
からかうように斗真は二人に言う。
「じゃ、先生。私たち先に出ますから…ごゆっくり。」
精一杯の誤魔化しの笑顔を振りまき、斗真を引っ張りながら店を出て行く莉子。
莉子の後ろ姿を見送りながら、心を締め付けられるような感情に湊は戸惑いを隠せないのであった。