クリスマス
あと一週間ほどで新年を迎える今日、12月24日のクリスマスイヴ。
今年は珍しく街一面を白い雪が覆い、日常の喧騒も心なしか雪に吸い込まれているかの様に湊も莉子も厳かな雰囲気を感じていた。
いまだ空から舞い落ちる雪は、莉子の柔らかな髪にもとまり、湊は優しく撫でる様に払い落とす。
誰がどう見ても二人は恋人同士の様な親密な空気を放ち、美しく飾られて電飾を纏った大きな駅前のクリスマスツリーの前で身体を寄せ合いうっとりと眺めている。
受験勉強も最後の追い込みの時期を迎え、湊が莉子の家に泊まった日から、まともに二人の時間を作ることさえままならない毎日に、募り募った想いが余計に求め合う力を増大させていた。
カップルで溢れかえっているイルミネーション会場では特に違和感もなく、周りの恋人同士と同じように二人の世界に浸っている。
いつもは二人きりで外を歩くという事は全くと言っていいほどなかったが、短い時間でもいいから、この日ばかりはどうしても莉子とこの景色を二人で眺めたい……という湊の提案に莉子も賛同して、15分ばかりの時間、キラキラと色とりどりに輝きを放つもみの木を見上げながらその場にとどまっていた。
「凄い綺麗!!」
莉子は瞳に電飾が写り込んだ美しい目で湊を見つめる。
「どうしても莉子と見たかったんだ。映画のワンシーンにでも出てきそうな景色だろう?」
気合いを入れておしゃれした甲斐もあり、今日の莉子は一段と魅力的なオーラに包まれていた。
いつのまにかツリーよりも莉子に見惚れいている自分に気がつく。
「私…、高校生のうちはこうやって外でデートは諦めてたから……。先生、ありがとう…。」
湊の肩に寄りかかってじっくりと幸せを噛みしめる。
「こら!今日は絶対先生はやめる約束だろ?」
慌てて莉子に訂正する。
ただでさえ、二人の姿がバレてしまったら大変な事になるのに、『先生』なんて恋人から呼びかけられるところを目撃されたら、二人の知り合いでなくても怪訝な顔をされるに決まっている。
「あ、ごめんなさい、つい癖で……。」
莉子はなかなか先生という立場の彼に『湊』という名前で呼び捨てをする事に抵抗感が拭えないでいた。
「ほら、呼んでみて。練習、練習!!」
湊に煽られながら、
「か…なた…」
小さい声で呟く莉子。
「上出来!今日はただの恋人同士!」
湊自身に言い聞かせる様にも莉子には聞こえたが、
「湊……!」
もう一度はっきりと言い直して湊の指に自分の指を絡める莉子。
ふふふと微笑み合いながら見つめ合い、今にもこぼれ落ちるようなたくさんの美しい電飾を背景に、二人は密やかにキスをした……。
短い時間ではあったが、一生消える事のない煌めく映像の様な思い出を、二人は大切に心にしまい湊のお気に入りの喫茶店に歩き出す。
静かな大人の雰囲気を醸し出す店内には、しっとりとジャズが流れ、落ち着いた暖かい色の照明の下ですでに何組か、愛を語り合う様にそれぞれの世界を作り出していた。
高校生はまず来ないだろうと言った空気感は、莉子にとって緊張感よりも安心感の方が大きかった。
「こんな雰囲気のお店…よく来るんですか?」
莉子は囁く様な小さな声で湊に質問する。
「あぁ、特に最近はな。ここのチョコレートケーキ、すっごい美味いから、莉子にも食べさせたいってずっと思ってたんだ。」
やっと連れてくる事が出来たと達成感で満たされる湊。
「莉子はチョコレートケーキよりショートケーキの方がいいのかな?」
チョコレートケーキが苦手な女の子もいるだろうと、気を遣って聞いてみる。
「ううん、私、ケーキはチョコレートケーキしか食べないくらい大好きなんです!」
湊と一緒に食べれればなんでも美味しいだろうと思っていたのに、さらに自分の大好物が食べれるのかと思うと身体の奥から嬉しさがこみ上げてくる。
「本当に?俺もなんだよ!!」
ここにも共通点を見つけたと運命に感動する湊。
洗練された雰囲気を放つ年配の男性ウエイターがオーダーを取りに二人のテーブルにやって来る。
「お客様は…いつものでよろしいですか?」
そうウインクしながら微笑むと、
「はい、同じものを彼女にもいいですか?」
そう阿吽の呼吸で会話する。
「では、お嬢様お飲み物はいかがなさいますか?」
莉子は緊張しながらメニューを眺める。
「おススメはアールグレイですが…いかがでしょう?」
迷う莉子を助ける様に優しく勧めてくれるウエイターの言う通りに、
「じゃ…それでお願いします。」
と安心したように微笑み返す莉子。
「かしこまりました。」
そう一礼してテーブルを後にする。
「あのウエイターさん、たまに俺のことなんでも知ってるんじゃないかってくらい俺の好みのコーヒーとか勧めてくれるんだ。彼のチョイスに任せておけば間違いないよ。」
絶対的な信頼を持っているんだなぁと湊とウエイターの不思議な関係を羨ましくも思う莉子。
「俺の秘密の場所だから、誰にも教えるなよ?」
そっと耳打ちする湊にまた二人の秘密を共有できたことに嬉しく思うのだった。
「おまたせいたしました。」
目の前に出されたシンプルだがアラザンがあしらわれたチョコケーキは控えめにクリスマスの雰囲気を醸し出していた。
「素敵……!」
莉子は目を輝かせる。
「味はもっと最高だぞ!」
そう言いながらひとくち口にする湊。
莉子も湊に習って崩すのがもったいないと思いながらフォークにケーキを乗せる。
口に運ぶとビターなチョコの香りが広がり、
「あぁ……美味しい!」
とため息が漏れる。
「だろ??」
分かってもらえた嬉しさに湊の顔も綻ぶ。
一緒に運ばれてきたアールグレイとの相性も最高だった。
大満足の莉子。
そんな彼女を湊は確認して、急に緊張した表情に切り替わり、ポケットの中からゴソゴソと何かを取り出す。
ゴクリと唾を呑み込み、微かに震える湊の手の中にあったのは暖かい照明の光を吸い込み一段と美しく光を放ったダイヤの指輪だった。
「俺と……卒業したらすぐに結婚してください。」
真っ直ぐに莉子を見つめる湊。
突然の事に一瞬思考停止してしまう莉子だったが、湊の手を取った時に伝わった温もりに、今起こっている事が現実なんだと実感する。
「……はい。」
瞳には今にもこぼれ落ちそうな涙でいっぱいだ。
そんな彼女の薬指にぴったりの婚約指輪が細い指に滑るように通っていく。
「本当なら……高級なホテルのディナーでもご馳走しながらちゃんとプロポーズしたかったんだ…。でもあまり時間が取れないし…、きっとここなら莉子も喜んでくれると思ってさ。」
髪の毛をくしゃくしゃしながら照れ笑いする湊。
「ありがとう…!最高の思い出になったよ。」
これ以上の幸福がこの世にあるのだろうか…?そう疑いたくなるくらい、莉子は幸せだった。
二人は満たされた心で店を後にする。
ほんの一時間くらいのデートだったが、二人は未だかつてないほどの濃密な時を過ごした気持ちになっていた。
握られた手は離れる事なく、莉子の家に向かおうと次第に人通りの少なくなった夜道を歩いていく。
「あれ?羽鳥さんと……新井先生?!」
その声は莉子のクラスの噂話が大好きな大川桃だった。
「大川…さん?!」
まさかとは思ったが振り返った視線の先には鳩が豆鉄砲を食らった様な表情で立ち尽くしている桃に間違いなかった。
「え?ちょっと?!どう言う事??」
桃は目の色を変えながら、明日の終業式を賑わせるにはもってこいの話題を見つけたとジリジリと近寄って来る。
「あ、あの……えと……これは…!」
莉子が一生懸命言い訳を探しているところだった。
プアー!!
そう大きなクラクションと共に後ろを振り返ると、ヘッドライトが強烈な強さで二人を照らし出す。
「莉子!!」
湊は咄嗟に向かってくるトラックから微動だにしない莉子を必死で腕を掴み道の外に追いやろうとするが、何故か二人を追いかける様にスピードを上げて近づいて来る。
もうダメだ!!
そう諦めの気持ちと共に、強い衝撃の後、二人は意識を失った。




