先生の顔
悠太は月明かりに照らされた美しい夜道も目に入る事なくただ夢中で歩いていく。
今頃あの二人は…と莉子と湊の様子を思い浮かべてはかき消すように強く頭を横に振る。
『せっかく久しぶりに本気で好きになれそうな娘だったのに…。』
その頃莉子は食事を済ませ洗い物をしていた。
そんな甲斐甲斐しい彼女の姿をじっと見ている湊。
いつの日か、こんな風に毎日彼女の姿を見ながら一日の疲れを癒すことの出来る日は本当に来るのだろうか…と先を見据えると色々と不安が込み上げてくる。
毎日顔を合わせていても、恋人同士の会話をする事は殆どない毎日の中で、莉子が不安に思うことだって、当然たくさんあっただろう。
自分の莉子を想う気持ちは出来る限り伝えていると思っていたが、やっぱりコミュニケーションを取る事に勝るものはないな…そう感じていた。
離れている時間は、卒業まで続いていく。
その間にまた悠太が莉子にモーションをかけてくるかもしれない。
今回みたいに良からぬ誤解で自分から離れていこうとするかもしれない。
どうしたら、自分の存在を莉子の中で絶対的なものにできるのか…?
強い絆で結ばれているはずの自分たちの仲は、立場があまりにも両極端にある事で実際は紙一重で繋がっているのだと認めざるを得なかった。
「莉子、明日の授業の準備やっちゃいたいんだけどいいかな?」
後片付けを終えた莉子に声をかける。
「はい。じゃ、私も少し勉強やろっかな。」
二人はリビングで向かい合いそれぞれの資料を広げる。
音のない空間で、筆を走らせる音だけが響き渡る。
ふと顔を見上げると、湊はいつも学校の教卓で何か物書きをしている先生と同じ顔をしてそこにいた。
なんだか自分だけが先生を独り占めしているような特別感が、莉子の顔を綻ばせる。
「……ん?」
莉子の熱い視線に気づいた湊は視線を返す。
「あ、えと…。」
モジモジする莉子を見て
「なんだよ?」
と笑いながら頭をポンポンする。
「今日は…堂々と先生の顔見られるから…嬉しい…!」
はにかむ莉子。
「さっきだってずっと見てただろ?なんだよ、急に。」
微笑みながら穏やかな声で莉子を包み込み、また視線を落として作業に集中する。
「だって、学校だと出来るだけ見ないようにしてるから…。」
少し寂しそうな目をして莉子は消えるような声で言う。
「莉子……。」
また莉子を抱きしめたい衝動に駆られる。
「なぁ、終わったら…。」
『一緒に寝よう』そう出かかった言葉を慌てて堪える。
「終わったら……?」
莉子は不思議そうに湊を見る。
「終わったら、早く寝よう、今日は色々あって疲れたしな。」
今日、もしそんな関係になってしまったら、欲に負けてしまう自分が嫌いになりそうだった。
莉子を大切にしたい気持ち…それは考えるまでもなく湊の心の全てを埋め尽くしていたが、悠太の存在に刺激を受けて誰にも渡したくないという独占欲が徐々に侵略し始めていた。
「シャワー借りて風呂入ったら俺はここで寝るから…。」
180cm近い長身の湊には少し小さいくらいのソファーに寝転んでみる。
「そんな、布団探してくるのでまってて下さい。」
急に泊まる事になったので、全く寝所の用意がなかった。
『あっても干してないしな…。どうしよう…。』
莉子は考え込む。
「そうだ!!私がソファーで寝るから、先生、私の部屋の布団で寝て下さい!」
ポンと手を叩き、笑顔を見せる。
「そんな事できるわけないだろ!いいから莉子はちゃんと布団で寝なさい!!」
とんでもない!とすぐさま断る湊。
『今日は寝れそうにないな…。』
そう莉子の艶やかな唇を見て思うのだった。




