まさかの事態
『今から学校出るよ。』
スマホの通知とともに湊からのメッセージが届く。
莉子は、
『何か食べたいものありますか?』
新妻のようなメッセージを自分で打っていてついにやけてしまう。
『何か作ってくれるの?』
湊は湊で莉子の手料理を一緒にテーブルを挟んで食べれる風景を想像すると、幸せ過ぎて時が止まってしまうかの様だった。
『上手じゃないかもしれないけど…。』
控えめな返信に湊は莉子の負担にならないメニューを必死に考える。
『じゃあ、オムライスがいいかな?』
湊の答えを見て、作ったことのあるメニューにホッとする。
『任せて下さい!』
と意気込みスーパーに飛び込んでいく。
家に帰り着いたと同時に、
『着いたよ。』
と湊からメッセージが届く。
「えっ?もう??」
慌てて玄関のドアを開けると息を切らした湊が立っていた。
「…先生……!」
莉子は湊を迎え入れた途端強い力でギュッと抱きしめられる。
湊の胸に耳を当てると、きっと急いで来てくれたんだろう…そう思わせる様な速くなった心臓の鼓動が莉子の頰に伝わって来る。
ちゃんとした恋人同士になって、二人きりでいられた時間を振り返れば、本当に僅かだった。
それでも少しずつ心を通わせながら築いてきた絆は、山小屋で過ごした時よりも遥かに深いものになっていた。
「あぁ…今日まで長かったよ…、本当に。」
莉子を愛おしそうに見つめる湊。
「…はい。」
涙ぐむ莉子は湊を部屋に通す。
「…ここが…莉子の家か…。」
周りを見渡しながら年甲斐もなく緊張が顔に出てしまう湊。
「お父さんから、連絡ありました?」
本当に湊に父は連絡をしたのか確認したかった。
「あぁ。泊まっていけって言われて、本当に驚いたよ。でもな…、なんだか莉子のお父さんとは本当に他人の気がしないんだ…。ずっと昔から知っていたような安心感があって…。」
感覚を言葉にするのは難しいな…そう思いながら呟く様に話す。
莉子はそんな湊を優しく見つめる。
湊に会ってからの父はあんなにも厳格だったのに、柔らかくなったというか、丸くなったというか……笑顔が確実に増える様になったと莉子は感じていた。
父に当たる光を遮っていた弟を失った悲しみが、湊の顔を見て少しずつ取り払われていったに違いない、そう思った。
「本当に…お父さんは私の相手が先生であること、認めてくれてるんだね。」
莉子は嬉しさがこみ上げた。
教師と生徒だというだけで誰が見ても交わってはいけない関係に見えてしまう。
ましてや自分の親にそんな事を言ったらどれ程に反対されるだろう…きっといつかはその問題と向き合わなければならないとずっと思っていた。
ところが今は二人の一番の理解者でいていてくれることが本当に心強かった。
「なぁ、一緒に夕飯作ろう!」
湊は莉子の頭をポンと叩き提案する。
「そんな…、先生疲れてるでしょ?私がやりますよ。」
莉子は急いで制服姿でエプロンをかける。
「一緒に作りたいんだ。いいだろう?」
莉子の肩を抱く。
「先生がそう言うなら……。」
莉子は一人で作る不安もあったし湊の言葉に甘えようと思った。
玉ねぎを切る湊の危なっかしい姿に、
「先生…、気をつけて下さいよ…。」
横から心配そうに話しかける莉子。
「俺を見くびるんじゃないぞ?これでもたまには自炊してるんだからな!」
『任せとけ!』とロボットの様に包丁を使う姿に莉子は可笑しくて吹き出してしまう。
「ちょっと、本当に危ない!代わってください!私の方がまだ上手ですよー!」
そう言いながら包丁を湊から奪う。
「おい!信用ないなーほんとに。」
追いやられた湊は渋々卵を割る。
ふっと横を見やると、玉ねぎを楽しそうに切っている莉子が可愛らしくて仕方ない。
「なぁ、写真に撮っていいか?」
莉子に逢いたくなった時に少しでも寂しい気持ちを埋められるよう残しておきたかった。
「恥ずかしいですよ、もう!」
カメラを向ける湊に照れ笑いをする。
「いいから、可愛い!」
アングルを決め、カシャリととる。
撮れた写真を見ながらニヤニヤしている湊に、
「そんなに見ないでください…恥ずかしい!」
顔を真っ赤にする莉子。
「なんか調理実習みたいだな。莉子制服着てるし。」
自分が教師ではなくて生徒だったら…、想像してしまう。
「そうですね。」
莉子はふふと微笑む。
「俺が生徒だったら…毎日でも莉子とデートするのになぁ。」
どんどん想像を膨らませて行く湊を横目で見る莉子。
「それもいいですけど…真剣に授業してる先生の姿みる度にドキドキしちゃうし…私は結構今の関係…好きですけど。」
頰を赤らめながら言う。
「そうか…?」
嬉しさで手元を誤り卵の殻が混ざってしまう。
「あっ」と声を上げる湊。
クスクス笑う莉子を見て、
「俺だって…今制服着て隣にいる莉子に…なんかさ……、いや、いいや。これ以上行ったら変態だ。」
そう自分で言い出したのに最後まで口に出したら莉子に軽蔑されそうで出かかった言葉を呑み込んだ。
「……?」
よく分からない湊の態度を不思議そうに見遣る。
「忘れてくれ!さあ、卵焼こ!」
必死で話を変える。
その時だった。
ピンポンと呼び鈴が鳴る。
「こんな時間に誰だろう?」
莉子は玄関に近づき恐る恐るドアを開ける。
「あれ?先生?」
目の前に悠太が立ってた。
湊は自分が呼ばれたのかと勘違いして、
「どうした?」
と玄関に顔を出す。
「……あれ?悠太??」
「湊……?!何でここに?!」
「二人とも…知り合い……?!」
二人の顔を交互に見た莉子は、まさかの事態に次の言葉が出てこない…。




