新学期
「よし!本気出すぞ!!」
早朝から莉子はカーテンを開け汚れのない朝陽を浴びながら大きく伸びをする。
湊の『卒業したら……。』の言葉を信じ、ようやく受験生の自分にエンジンをかけ始める。
朝食の白いご飯をを頬張りながら、
「お母さん、この前言ってた夏期講習さ、やっぱり受けたいんだけどまだ間に合うかな?」
突然の娘のやる気に、目を丸くする母。
「どうしたの?熱でも出た??」
そう冗談を言いつつも嬉しさを隠せなかった。
最近の莉子は人が変わったかのように勉強をしていた。
規則正しい生活な上、自由な時間は勉強で確実に減っているのに、不思議と幸せなオーラが全身から出ているのが母には見えていた。
「大丈夫よ、申し込んでおくわね。」
『何か良いことあったのかしら。』
おかずを突きながら莉子の口元から溢れる笑みに、どんな良いことがあったのかしらと、母の心を楽しくさせた。
夏休みは勉強一色に染まっていく。
莉子だけでなく、杏も失恋を振り切るように勉強に励んでいた。
真夏の暑さだけを残して新学期が始まる。
「おはよう、杏!」
莉子は久し振りにあった親友の顔をみて勉強で張り詰めていた心が安らいだ。
「おはよ!莉子!私夏休み、自分で言うのも何だけど、めっちゃ勉強したんだからー!」
自信満々に語る杏に、莉子も負けじと、
「じゃ、次のテスト勝負ね!!」
ニヤリと笑う。
「そんなの元々莉子のが頭いいんだから、負けるに決まってんじゃん!!」
ふざけながら莉子の背中を叩く杏。
そんな中、教室の中に流れる不穏な空気に二人は気がつく。
「ねぇねぇ、二人とも知ってる??」
コソコソとクラスメイトが二人に耳打ちしてくる。
「なになに??」
興味津々に耳を傾ける二人。
「新井先生とさ田中さんが付き合ってるって噂、聞いた??」
莉子は一瞬聞き違えたかと思ってもう一度聞き直す。
「だから、新井先生と田中さんだってば!びっくりじゃない?あんな物静かそうなフリしてやる事やってんのねー!」
莉子と杏は顔を見合わせる。
「ねぇ、嘘でしょ?」
杏は莉子を心配する。
「嘘なんかじゃないって!夏休み中二人きりで歩いてるとこ、何人も目撃してるんだよ〜!」
そう言った瞬間優が教室に入ってくる。
ざわつく教室の雰囲気を優もなんとなく感じ取る。
誰かに聞こうとカバンを置いた瞬間、チャイムがなる。
生徒たちはぞろぞろと、自分の席に着いていく。
ガラッと教室のドアが開いて、
「おはよう!!」
と変わった様子もなく元気よく湊が入ってくる。
莉子はそんな彼の姿を見て、どうしてもその噂が理解できない。
『確かに先生は待っててくれるって…。』
莉子は『ずっと一緒に居たい』と言ってくれた湊の言葉を何度も何度も頭の中で繰り返す。
莉子と湊は一瞬目が合いすぐに逸らす。
『嘘でしょ…?お願い、ただの噂であって!!』
小刻みに手が震えてくるのを抑えられない。
HRを終えて教室を出て行く湊の後ろ姿を追って優が走り出す。
二人が楽しそうに会話をするところを何人もが目撃した。
「マジかよ…。」
「意外じゃない?」
「こんな時期に余裕だな。」
戻ってくる優にクラスメイトの様々な視線が向けられる。
「……何?」
優は思わず口に出す。
ひとりの女子生徒が、
「別に気にしないで。そう言う色恋の話は受験生の私たちには全く興味ないし。」
嫌味っぽい笑いを浮かべる。
「……?」
優は訳もわからず席に着く。
普通に教科書を出し授業の準備をする。
一限目の授業が始まりまた生徒たちは勉強モードに入るが、莉子はひとり誰の声も入ってこないくらいに現実を受け入れないよう、心に鍵をかけていた…。




