担任
「お母さん!図書館で勉強してくるね!」
昼近くまで休みの日は部屋から出てこないはずの莉子が、朝早くから起きて準備をしている姿に驚きつつも、ようやく受験勉強に向き合う覚悟ができたのかとホッと胸を撫で下ろす母。
「気をつけてね!」
そう笑顔で送り出す。
莉子は母に申し訳ない気持ちもありつつ、湊の顔が見れる喜びが身体中から溢れ出しそうなのを隠すのに必死になっていた。
少し早めに図書館に着いた湊は学校で使う資料集めに精を出していた。
「あれ?新井先生…?」
そんな湊に声をかけたのは彼のクラスの生徒である、田中優だった。
物静かな彼女は黒縁のメガネをかけ休み時間も静かに受験勉強をするような目立たないタイプの女性だ。
「お、田中。午前中から勉強か?」
笑顔で声をかける湊。
「はい。毎日予備校にも行ってるんですけど、今日は午前中時間が空いたのでここで少しやろうかなって。」
恥ずかしそうに言う優の笑顔を湊は初めて見た気がした。
「えらいえらい!!頑張れよ!応援してるからな!」
そんな湊の笑顔を見て、優は頰を赤く染める。
カサッ
小さな物音と共に、突然優は険しい顔をして後ろを振り返る。
その異様な空気に、湊は違和感を感じ、
「……どうした??」
周りを見渡しながら静かに声をかける。
「実は…、最近誰かにつけられてるみたいで…。」
まだ警戒心を全身に張っている優に、
「誰かって、心当たりでもあるのか…?」
とりあえず話を聞いてみようと優を椅子に座らせ、自分も隣に座る。
「実は…。」
重い口をゆっくりと開く。
「最近、予備校の帰りに突然知らない人に告白されて…。気味が悪かったし、受験で恋愛どころの話じゃないし…、すぐにその場で断ったんです。」
思い出しながら優は顔が青ざめてくる。
「それからなんです。誰かにいつもつけられている気がして…。怖くて夜もなかなか寝付けなくなってしまって…。勉強をしてれば少しは気がまぎれるんですけど、おとといポストの中に手紙が入ってたんです。」
静かに優の話に耳に傾ける湊。
「そこには、『いつも見守ってるよ』そう一言書かれたメモと、私のどこで撮られたか分からない写真がたくさんポストに入っていて…。」
小刻みに震え出す優。
「怖いから警察にも相談で何度か足を運んだんですけど今のところ大きな実害がないからなかなか取り合ってくれなくて…。」
その表情から絶望に呑まれそうな彼女の気持ちが伺えた。
『何とかしてやりたいな…。』
湊は教師として、本気で優の力になりたいと思った。
「なあ、その後をつけられてるってのは予備校に行く時だけか?」
湊は安心させるように優の目線に合わせて優しく微笑む。
「いえ…。気がつけばつけられているような気がするので…。」
はぁ…とため息をつく優。
「親御さんの了解もらえれば、暫く送り迎えしようか?田中さんをつけ回している奴、取っ捕まえてやるから!」
『安心しろ!』と言わんばかりに胸を叩く湊。
「ほんとですか??」
恐怖に凍りついた優の表情は湊の暖かい眼差しを浴びて少しづつ溶け出していく。
「あぁ。生徒がこんなに困ってるのにほっとけないだろ?
ここは何時までいるんだ?」
湊は時計を気にする。
「ここは…午前中だけです。11時半位には出ようかと…。12時半から予備校のテストがあるので…。」
優は正直に憧れていた湊に送り迎えをしてもらえると思っただけで、恐怖が吹き飛んでいく。
「じゃあ、そのくらいになったらまたここに来るから。」
そう言って湊は優に背を向ける。
『10時半か…。莉子もう来てるかな…?』
彼女の姿を必死に探していく。
いくら探しても見当たらないので、メッセージを送る湊。
『ごめんなさい、杏から連絡が来て…。緊急なので、今日は行けそうにありません。ごめんなさい。』
すぐに返信が来たがその内容に肩を落とす湊。
莉子は家を出てすぐに杏から連絡が来て、泣きじゃくる彼女を心配して杏の家に向かっていたのだ。
『大丈夫だよ。逢えないのは残念だけどな 笑。また連絡するな。』
そう返信して、また資料を探すことに専念する。
優のこともあるし、今日はこれでよかったか…と思い直す湊。
これから優との事を莉子にもちゃんと話しておきたいとは思ったが、
『やはり個人情報が絡んでいることは安易に言えないな』
優をつきまとう犯人を捕まえるまではこの事は莉子には黙っておこうと考えていた。




