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二人きり

 莉子は湊の部屋を見渡しここで毎日生活しているのかとつい想像してしまう。

 いつもは先生の顔をしている彼のプライベートは、莉子にとって踏み入れてはいけない場所に感じていた。



「先生、綺麗にしてるんですね…。」

 莉子は男性の一人暮らしを想像するともっと散らかっているイメージだったが、華やかさはなくても質素で落ち着く空間にとても居心地の良さを感じていた。



「莉子が来るから片付けたんだよ。いつもはプリントとか本が山積みになってる。」

 莉子の『先生』と言う呼び方はもう暫くは直らないか…と諦めつつ苦笑いをする。



「今お茶淹れてくるからちょっと待ってて。」

 そう言いながらキッチンに向かう。



「私が淹れましょうか?」

 湊の後をついて手元を覗き込む莉子。



「……じゃ、お願いしよっかな?」

 湊は莉子の後ろ姿を眺めながら愛する人がキッチンに立つ平凡な幸せの風景を、なんだかとても懐かしく思う。

 いつだったろう…?こんな風に同じ様な景色を見た気がする…。



「莉子…。」

 湊はずっと莉子の口から出た『りょう』と言う名前もずっと引っかかっていた。



「何ですか?」

 トレーにお茶を乗せて運び、そっとテーブルの上に置く。



「りょうって人…誰か聞いてもいいかな?」

 湊は自分の口から出てきた『華鈴』という女性に何か関係がある気がしてならなかった。



「りょう?誰ですか?その人?」

 莉子は隠している様子でもなく、純粋に知らない名前のようだった。



「いや…いいんだ。」

 湊は自分でも分からない夢と現実の間で度々出てくる名前の事を突然莉子に聞いても伝わるわけがないと思い直す。



「……?」

 莉子は不思議そうに湊の顔を見つめる。



「莉子…。」

 そんな莉子の表情をこうしてじっくり見つめ返す様な簡単な事を、ずっととてつもないくらい貴重な事だと感じていたのに、今はもっともっと彼女をそれ以上に求めてしまいそうな自分が怖かった。



「来てくれて…本当にありがとうな。せっかくだから、勉強でもするか?教えてやるぞ?」

 冗談交じりに口に出したが、この二人だけの空間で莉子に何もしない自信がなかったのを誤魔化したいが為の言い訳だと自分でも気づいていた。



「いいんですか?」

 莉子は嬉しそうに湊を見つめる。



「あぁ。問題出してやるからといてみろ。」

 純粋な莉子を見ていると、自分の欲深さにうんざりする。



「ここはな…。」

 近づく二人の距離に莉子の気持ちも湊と同じだった。

 微かに触れる湊の柔らかい髪が莉子の頬を擽る。

 ほんの少し視線を動かせば湊の顔が飛び込んでくる様な近さに、莉子は呼吸の仕方も忘れそうになる。


 だんだん頭が真っ白になる自分が情けない。



「…莉子?大丈夫か?」

 緊張のあまり微かに震え出す莉子の異変に気付き声をかける湊。



「…あ、あの…。ごめんなさい、なんだか緊張してしまって…。」

 乱れる呼吸を整える様に深呼吸する。



「…莉子。」

 目の前であたふたする莉子を見ていたが衝動的に莉子の唇にキスをする。


 静かな時が暫く流れそっと唇を離す。


「先生…。」

 湊の温もりを振り返るかの様に莉子は唇に手を当てる。



「あんまり可愛い顔するな…。一所懸命我慢してんだから。」

 恥ずかしさを隠す様に莉子の頭をくしゃくしゃ撫でる湊。


 そんな湊を見て莉子は言葉を交わさず自分から湊の唇を求め重ねていく。




 キスだけでこんなにも心が満たされるものだろうか……?

 湊は莉子の柔らかい唇を優しく愛でながらまるで初めて本当のキスに出逢えたような気がした。




 音のない空間で、お互いの微かに聞こえる呼吸から想いを探り合う。

 絡ませた指先にこの時間が何年時が経っても終わる事がありませんように…と願いを乗せるのだった。


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