明暗
「えっと…。この辺かな…?」
莉子はスマホの地図を見ながら湊のアパートを探す。
キョロキョロしながら辺りを見回す莉子を湊は部屋のベランダから見つけ、メールを送る。
『そのまま上を見て!』
指示通り顔を上げると湊が手を振っている。
莉子のいる場所まで迎えに行きたいのはやまやまだが、万が一誰かに目撃される事を懸念し、玄関のドアの向こうで待つ。
ピンポン
待ち構えていた様にすぐに開いた玄関の扉の向こうから湊が顔を出す。
莉子は周りに人がいないか確認して中に入っていく。
「待ってたよ!莉子!」
湊は今ここに莉子がいる事が現実ではなく、もしかすると夢なのでは…?と思ってしまうくらいにずっと思い描いていた幸せの図が目の前に広がっていく様だった。
「先生、逢いたかったです…!」
莉子は初めて入る男性の部屋に戸惑いながらも、ずっと逢いたくて仕方のなかった目の前にいる湊の眼差しに包まれ頰を染める。
「先生はやめろって!」
笑いながら莉子に歩み寄る。
「ごめんね…湊。」
恥ずかしそうに呟く。
「莉子…。」
湊は我慢できずに莉子の細い肩を抱きしめる。
「大好き…。ずっと伝えたかったの…。」
莉子は逢えない時間に止め処もなく募っていった想いをどうにか伝えたくて言葉にする。
湊は莉子の気持ちを十分に受け止めて、彼女の唇に返事を返す。
彼の首に手を回し、身体をピッタリと重ね合わせ、全身で相手を感じ合う。
莉子は本当に幸せだった。
こんな日が明日も、明後日も、決して終わる事なく永遠に続いて欲しかった…。
一方、杏と斗真は近くの喫茶店で落ち合っていた。
一生懸命おしゃれをした杏は、ほんの少しでも斗真の記憶に残れる様に神様にお願いする。
「結城さん…。早速なんだけど、聞いてもいいかな?」
斗真は居ても立っても居られずに口を開く。
「斗真くん、私が今言える事は全部じゃないんだけど…、それでもいいかな?」
杏は莉子から言われた言葉を思い出しながらゆっくりと斗真に伝える。
「…あぁ。」
伏し目がちに答える斗真に杏は心が痛む。
「莉子が、新井先生の事好きなのは…知ってるよね?」
莉子の事をずっと好きだった斗真に、こんな事を聞くのが辛かった。
返事をしない斗真だったが、表情を見ればすぐに返事は分かった。
「……新井先生、彼女と別れたんだって。」
そう一言、杏は斗真をまっすぐ見た。
「……そう……だったんだ…。」
斗真はその言葉から杏が言うまでもなく全てを悟った。
『終わったな…』
目の前が暗闇に引きずり込まれていくのを感じた。
自分の意思とは別に目からツーっと頬を何かが伝う。
「斗真くん……。」
杏はかける言葉を必死に探すが見つからない。
「ごめん…、かっこ悪いよなぁ、俺。」
額の前で手を組み泣き顔を隠す。
「斗真くん!……私じゃダメかな…?」
思わず出てしまった言葉にハッとする。
「……結城さん?」
驚いた顔で杏を見る斗真。
「あ、ご、ごめん。…ウソだよ!冗談!!」
杏の瞳は涙でいっぱいだった。
「………。」
斗真は困惑する。
冗談ではない事は自分と同じ目をしている杏の瞳を見ればすぐに分かった。
杏と斗真はそのまま時間が止まったかの様にお互い言葉を失ってしまう。
気がつけば、ふらふらと夕暮れの道を力なく歩いていく杏。
最初からこうなる事はわかっていた。
斗真には莉子以外の女の子の入る隙間は最初からなかったんだと。
『ごめん…。』
すまなそうに俯く斗真の表情が消しても消しても杏の心に湧き上がってくる。
「莉子……。私、振られちゃったよ…。」
悲しいほどに赤く染まった空を見上げながら、杏は一人切なさに震えていた…。




