変わる世界
莉子は湊から受け取ったメモをずっと眺めている。
『本当に行ってもいいのかな…。』
莉子の方からアクションを起こさなければ湊に逢うことが叶わない状況で、莉子は勇気が出ずあれから一週間が経っていた。
『逢いたいな…。』
素直に逢えない寂しさがそろそろ限界まで来ている…というところで、杏からの着信が鳴る。
「もしもし?杏?」
莉子は強化合宿以来に杏と会話する。
ちゃんと報告しなきゃとは思っていても、山小屋での出来事を口に出して伝えるにはまだ心の準備ができていなかった。
親友にも打ち明けられない程、莉子は教師である湊の立場と自分がその生徒であることが心に引っかかっていた。
明らかに普通の恋愛とかけ離れた関係に、冷静に考え始めたら身動きが取れなくなっていたのである。
少しでも出方を間違えれば自分の事はもちろん、湊の教師の職を失わせてしまう事にもなりかねない。
「莉子。これから斗真くんに会ってくるんだけど…、莉子と先生の事、誤解がないようにちゃんと本当の事言っても大丈夫かな?」
杏はみんなの絡まっている心の糸を解きたかった。
「うん。間に入ってくれてありがとうね。実は…この前の山小屋で先生と話をして、彼女と別れたんだって。斗真は先生がまだ彼女と付き合ってるって思ってるから…。それで、ちゃんと私たち付き合おうって話したんだ。」
莉子は全ては言えないが、大切なところを誤解しないでほしいと思っていた。
「杏はちゃんと分かってくれてると思うけど、教師と生徒なんて、絶対誰にも認めてもらえる関係じゃないから…、斗真にはまだ付き合ってるって事は言わないでもらっていいかな…?ただ、先生の事誤解して欲しくないから、彼女とは別れたって事は伝えてほしい。」
杏は電話の向こうでうんと頷く。
莉子の気持ちは痛いほどよく分かっていた。
「ごめんね、杏。間に入ってもらっちゃって…。」
杏の気持ちを知りながら、自分達の橋渡しみたいな役割をさせてしまっている事に心が痛む。
「莉子!そんなこと気にしないで!ほらさ、私にとっては斗真くんと二人になれる絶好のチャンスだし、莉子には感謝してるくらいなんだから!」
元気な声で自分は平気だという気持ちを間接的に伝える。
「ほんとにありがと…。」
『どうか、杏の恋もうまくいきますように…!』
莉子は心から願うのだった。
莉子は決心する。
スマホを手に取りメモの電話番号をひとつひとつ緊張しながらタップする。
呼び出し音が鳴り、心臓が跳ね上がる。
「はい。」
久しぶりに聞こえた愛しい声が莉子の胸にじんわりと暖かく広がる。
「…あ、あの!」
莉子は電話をかけることが精一杯で、何をどう話したらいいのかまで考えていなかった。
「…莉子?莉子なのか??」
湊の嬉しそうな声が莉子の耳を擽る。
「はい。」
なかなか言葉の出てこない莉子に、
「あぁ…良かった…。もう、かかって来ないんじゃないかって…俺。」
髪の毛をくしゃくしゃしている様子が目に浮かぶ。
「ごめんなさい…、どうしても勇気が出なくて…。」
莉子は素直に気持ちを伝える。
「俺はずっと待ってた。もう覚悟を決めたんだ。莉子と一緒にいるって…。」
湊の固い決意が莉子は本当に嬉しかった。
「先生…逢いたい…。今すぐにでも…!」
今すぐに湊の顔を見て、今までずっと溜め込んでいた気持ちを沢山伝えたいと思った。
「なぁ…、これから来ないか?うちに。会いたいんだ、どうしても。」
湊の真剣な声に、莉子はもう迷わなかった。
「はい、今から…いきます!」
電話を切りクローゼットを開ける。
自分の持っている、今一番のお気に入りの服をきて、自然なメイクを軽くする。
こんな風に、好きな人に会うために、オシャレをしている自分がなんだか新鮮だった。
本ばかり読んでいたほんの少し前の自分には考えられなかった。
現実の恋はこんなにもキラキラしていて、世界が明るく見えるものなのか…と、燦々と輝く太陽の陽射しを受けながら夏の匂いを胸いっぱいに吸い込んでいく。
いつもなら暑くて仕方のなかった外の空気が、なんだかとても美味しく感じた。
莉子は湊の元へ一歩踏み出せた自分へのご褒美かのように、それらを受け止めるのだった。




