恋人同士
莉子は安心したかの様に湊の温もりの中でウトウトと睡魔に襲われる。
湊はそんな莉子をじっと愛おしそうに見つめている。
こんな風に肩を寄せ合い、体温を共有できる時がやってくるなんて…想像もしていなかった湊。
彼女の目や鼻や口元を、じっと眺める事が出来る幸せを噛み締めていた。
どうしてこれほどまでに彼女の事を愛おしいと感じるのだろう…?
湊は前々から自分の純粋な意志はもちろんのこと、それ以外に何か別の力に引き寄せられている気がしてならなかった。
公園で、莉子と斗真の姿を見つけた時に口から出てきた、『華鈴』いう謎の名前も引っかかっていた。
なぜか彼女の事をそう呼んでいた自分は、半分ぐらい別の意識が働いていた様にも思えていた。
スヤスヤと眠り始める莉子を見て『疲れたんだな…』そう多いながら髪を撫でる。
「…ょう…、りょう…。」
力なく呟く彼女の口から出た名前に、突然湊は心が捥ぎ取られる様な痛みを感じた。
「………?!なんなんだ…?一体??」
そのまま湊は莉子にもたれかかる様に意識を失う。
「………涼!!ずっと逢いたかった!」
そこには目の大きな可愛らしい女性が立っていた。
「華鈴!!」
ひとりでに口から出る名前。
駆け寄ってくる『華鈴』という女性が胸に飛び込み抱きしめた時、ふわりと莉子の匂いがした。
『莉子…?』
そう言っているはずなのに口から出る名前は『華鈴』に変わっている。
目の前の莉子の香りのする『華鈴』という女性が、湊の中でだんだんと同化してくる。
その瞬間パッと目が覚めた。
心配そうに覗き込む莉子の顔が目に飛び込んでくる。
さっき『華鈴』呼んでいた女性の面影とどことなく重なった。
「莉子…?」
頭のなかでは『華鈴』と呼んでいるつもりが、今度は莉子の名前が飛び出す。
莉子は嬉しそうに、
「はい。」
と答える。
自分の口から出た言葉にハッと気がつき、
「ご、ごめん、急に名前で呼んだりして!」
頭を下げる湊。
「ずっと、名前で呼んでほしかったので…嬉しかったんですけど…。」
顔を赤らめ湊を見つめる莉子。
「莉子……。」
何故か目の前にいる彼女が消えてしまう様な錯覚に陥り、必死で彼女を抱きしめる。
「先生…?」
温かい湊の腕の中でこんなにも近づく事が出来た事を莉子はひしひしと実感しながら、逆にまた今までの様に何もなくなった毎日を送れるのか…想像するだけで悲しくなった。
「私、先生に好きでいてもらえるって分かった時本当に幸せで…。想いが通じ合っただけで……その瞬間があっただけで十分だって…思ったんです。でも毎日先生の姿を見るたびにもう一度二人で話したいって気持ちがどんどん強くなってしまって…。私、欲張りですよね……。」
湊の耳元で本音が溢れていく莉子。
「この二人だけの時間が終わってしまったら…、またもとに戻っちゃうのかな…?」
莉子は湊の胸に顔を埋めながら消えそうな声で呟く。
「莉子……。」
湊は莉子の言葉を聞いて、もう自分の気持ちに嘘をつくのが嫌になる。
そう思うのは莉子だけではなくて自分も一緒だと。
このまま、一歩踏み出し莉子と恋人同士になる事が二人にとってどれほどのリスクを伴うのか……?
答えは分かりきっている事だった。
でも、もう離したくない。
いけない事だとは分かっていても、莉子に側にいて欲しい衝動には止められなかった。
「……莉子。俺の恋人になってくれないか…?」
莉子の顔を優しく包み込み視線を合わせる。
「先生…。」
莉子はにっこりと微笑む。
「はい!」
やっとあるべき形になれた…二人はそう思った。
「先生は、やめてくれ。二人の時は、先生と生徒であることは忘れよう…。」
莉子の優しく髪を撫でる湊。
「じゃあ…新井…さん?」
莉子は年上の湊の呼び方に戸惑う。
「湊でいいよ、『さん』もいらない…。恋人同士っていう同じ立場でいたいから…。」
莉子を見つめる眼差しは愛情に溢れている。
「…湊?」
『先生』からいきなり名前で呼ぶことに戸惑ったが、見上げると嬉しそうに微笑む湊の顔が、莉子の不安を一気に搔き消した。
「莉子…。」
「湊…。」
名前を呼びあう事に二人の新しい未来を感じずにはいられない。
「大好きだ…!!」
再び二人は正式な恋人同士として、お互いの唇を重ねていく。
小さなハーフケットの中で混ざりあったお互いの体温に浸かりながら、唇から伝え合う幸せを噛みしめるのだった。




