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体温

「やっぱり山奥って涼しいねー!!」

 莉子達は受験に向けての強化合宿に来ていた。


 早朝からびっしりと組まれたスケジュール通りにセミナーや、小テストの連続で、今日で五日目を迎えていた。

 午前中に最後のセミナーを終え、午後から自由時間となり、明日の朝には帰る予定だった。


 雨こそ降らなかったものの、曇り空で天気は優れていなかったが、溜まったストレスを解放するかの様に、各々河原で遊んだり、バーベキューをしたりと、先生も生徒も交えて盛り上がっていた。



 莉子は杏に頼まれ、近くの山小屋に花火で使うバケツを取りに行く。

 そばにいた湊に、

「先生、莉子だけじゃ心配だから付き添って言ってもらえますか?

 ちょっと距離あるから心配で…。

 私、バーベキューの係になってて離れられないんで!」

 そう言って湊の背中を押す。



「あ、あぁ。」

 知らずに先を進む莉子の小さくなった後ろ姿を駆け足で追いかける。



『こんな天気じゃ花火なんて無理じゃないか…?』

 とそう思いながら湊は今にも降り出しそうな暗くなっていく空を心配そうにに見上げた。



「羽鳥さん!!」

 追いつく頃にはポツポツと雨が降り出す。

 遠くの方から閃光が走り、地面が割れる様な雷の音とともに一気に大粒の雨が落ちてくる。



「ひゃっ!!!」

 そう言って頭を抱え震える莉子はあまりの爆音に湊の声に気づいていない。



「もー、怖いよぅ…。」

 心細い声で独り言を呟く莉子。



 そのとたん大きな影が莉子を覆う。

 驚き声も出ずその場に蹲る。



「羽鳥さん!!」

 聞き覚えのある声に後ろをゆっくり振り向くと湊が莉子を雨からかばう様に立っていた。



「先生……?」

 湊の顔を見た瞬間、安心して涙が溢れる莉子。



「はぁ…良かった…。」

 弱々しい声で力が抜けていく莉子の様子を見て、体育祭の時の様に大きな湊の背中を向ける。



「ほら、乗っかれ!とりあえず雨が止むまで山小屋に避難しよう。」

 そう言って莉子をおぶって歩き出す。



 しばらく山の小道を歩いていく。

 次第に激しくなる雨に、山小屋が見える頃には二人はずぶ濡れになっていた。



「雨でびっしょりですね…。」

 寒そうに莉子はくしゃみをする。



「大丈夫か?かけてやれる上着もないしな…。」

 何か毛布やタオルなどないか、山小屋の中をスマホのライトで照らし出し探し回る湊。



「これ…使えそうだな。」

 小さなハーフケットを莉子に差し出す。



「ありがとうございます…。」

 肩からかけると少しは暖かくなった。



「とりあえず俺、連絡するな。雨が止むまでは移動出来そうにないし。」

 幸いにも圏外にはなってはおらず、他の教職員に状況を伝える。



「えっ?何ですって?」

 湊の大きな声が響きわたる。



「……はい、わかりました。とりあえず山小屋には避難できてますし、怪我とかもないので…。」

 そう言って電話を切る。



「先生…、何かあったんですか??」

 心配そうに声をかける。



「ここに来るのに通らなければいけない道が土砂崩れを起こしたらしくて…。復旧に時間がかかりそうだから、当分ここで待機しろって…。」

 莉子の不安そうな表情を見てとなりに座る。



「せめてタオルでもあればなぁ…。」

 緊張と恐怖でカタカタと震え出す莉子が心配になる。



「なぁ、とりあえず服脱げ。」

 湊の言葉に莉子は耳を疑う。



「えっ?そんな…!無理です!先生彼女いるんでしょう??」

 莉子は必死に訴える。



「バカ!!違うよ!!濡れた服着てると体温下がるだろ!!服脱いで、それをかけといたほうがまだマシだって言ってんだ!!」

 顔を真っ赤にして誤解を解く湊。



「…あ、そうですよね…。ごめんなさい、勘違いして…。」

 自分の馬鹿さ加減になんだか泣けてくる莉子。

『こんな大変な時なのに、何考えてんだろ私!!』

 湊に顔を見られない様に涙を拭う。


 そんな莉子に気づいたのか、

「香奈美とは別れたんだ…。羽鳥さんと公園で一緒にベンチに座って色々話しただろう?あの日からすぐにさ。」

 湊は莉子の気持ちを察して話し始める。



「羽鳥さんの事でいっぱいになって、香奈美の事が全然考えられなくなってた。最低だよな。

 だから、もう彼女の事も傷つけたくないし、羽鳥さんの事そう簡単に忘れられそうにないから俺から別れる事話したんだ。」

 莉子に背を向けて話す湊が寂しそうに見えた。


「先生…、ありがとう…。」

 思わず湊の背中から手を回し優しく抱きしめる莉子。



 思いの他湊の身体も冷え切っている事に気がつく。



「先生だって、凄い冷たくなってる…。寒いでしょう?」

 心配そうに覗き込む。



「俺は大丈夫だよ。」

 冷たい手で、莉子の手を握る。



「先生…、ここは暗いですし私大丈夫ですから、先生も脱いでください。くっついていれば少しは暖かいでしょう?」

 湊も強がってはいたが、雨の降っている山奥の気温は夏と言えども想像以上に冷えていた。

 加えて、服も濡れ、暖を取れるものが、小さなハーフケット一枚となると、莉子の提案を受け入れるしかないか…と思った。



「なぁ…、無理してないか?」

 念を押すように莉子にもう一度聞く。



「無理なんかしてません。むしろ嬉しいです…。こんな風にならないと先生に近づけないのが悔しいけど…。」

 その莉子の言葉に思わず莉子を抱きしめる。


「先生!冷たい…!早く脱いで下さい。」

 カタカタと震える莉子は恥ずかしさより寒さのほうが優っていた。


 湊は心配になり、すぐに濡れた服を脱ぐ。


 下着姿になっている莉子はハーフケットから身体が見えない様に恐る恐る湊を招き入れる。


 冷たい肌と肌が触れ合いお互いの体温を探し合うかの様に身体を寄り添わせていく。


 莉子の肩に回された湊の手が、だんだんと暖かくなってくる。



「先生の腕…あったかい…。」

 湊のすぐ目の前にある莉子の心地良さそうな表情を見て、急に心臓が高鳴る。



 莉子は湊の温かさを求める様に彼の大きな胸に身体を預ける。



 次第にお互いの体温取り戻し顔色もだいぶ良くなってきた。



 暖かさを取り戻しても、二人は離れる事ができない。



 今までどれだけ自分の気持ちを押し殺して今日まで来た事だろう…。



 二人の我慢はもう限界まできていた。



「先生…。好きです…。」

 普通の恋人同士が伝え合う様に、莉子も自分も湊が大好きだという気持ちを伝えたかった。



「羽鳥さん…。」

 一度は決別した唇が、再び求めあっている。



 二人は見つめ合い、やっとあなたの唇に辿り着いた…と時を忘れて貪り合う。

『これが最後かもしれない…。』

 二人の思いが繋がるときはいつもそんな悲しさがつきまとう。


 でも、今は忘れたかった。

 一緒に居られる喜びを、素直に肌で感じたかったから…。





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