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体育祭

 早朝から花火の音が空に鳴り響く。


 五月も後半になり、莉子の学校では体育祭が開かれていた。


 読書は大好きでも、運動にはめっきり疎い莉子は毎年体育祭が近くなると憂鬱な気持ちに苛まれる。



 一方、杏は体育会系で、毎年体育祭の実行委員を務めている。



『莉子!今年はさぁ、きっといい事あるよ!』

 そうムフフと含み笑いをしながら楽しそうに、昨日別れ際に話していた杏の言葉を思い出す。



『あれはどういう意味だったんだろう…?』

 そう、障害物競争で見事に最下位を決めて席に戻る莉子は思った。



 次は、毎年恒例の教職員による借り物競争だ。

 もちろん湊も参加する。


 順調に盛り上がりを見せ、湊の番がやってくる。


 莉子は彼の姿から目を離せない。



 スタートの合図とともに六人の教員が一斉に走り出す。

 湊はスマートに走り抜け、杏の予想どうり一番に借り物がメモしてあるカードを取りに来る。

 係から直接カードを受け取り、中身を開く。


 中には、

『秋田譲治の本を持っている女子』

 そう書かれていて、湊は目を疑った。


「……?!」

 思い当たるのはもちろん一人しかいない。

 一瞬迷ったが、湊は莉子を目掛けて走り寄る。


「羽鳥さん!!これ、持ってるよな??」

 湊に連れて行ってほしい女子達が、湊の掲げているメモを食いつくように凝視する。


 ハイ!と手を上げたいところだが、あまりにもマニアックなお題すぎて、次々と諦め座り込んで行く女子たちの中で莉子は戸惑いながら立ち上がる。



「はい、先生。持ってます…。」

 自信なさそうに小声で答える莉子に、

「こっちに来い!!」

 そう大きな声で呼びかける。


「は…はい!」

 そう言ってグラウンドに出て行こうとするが躓き転んでしまう。


「いたた…。」

 莉子の様子を見て観衆に笑い声が上がる。


 恥ずかしそうに顔を真っ赤にする莉子を見て、湊は大きな背中を莉子に向ける。


「早く乗れ!!」

 そう一喝し、莉子を背負う。


 湊に憧れている女子生徒は黄色い声を上げながら、莉子を羨む視線を投げかける。


 莉子は湊の大きな背中であの時のキスをふと思い出す。

 あれからほとんど関わりをお互いに断ち、何事もなかったかのように過ごしてきた。


 抱きしめられた時の温かさも、一時でも想いが通じあった嬉しさも、まるで泡となって消えてしまった日々だった。


 湊の香りを懐かしく感じ、莉子の心を締め付ける。


 このまま、時が止まってしまえばいいのに…。




 湊は当然の様に一位でゴールのテープを切る。


 そのまま莉子を下ろすかと思いきや、係に彼女のうっすら赤く染まる膝を見せて、保健室へとそのまま向かっていく。



 二人は言葉を交わすことなく、静かな保健室の扉を開ける。

 養護教諭も職員競技に参加しているため、誰もいなかった。


 ゆっくりとベットに下ろして、膝の手当てを始める湊。



「先生…。私一人で出来ますから。大した事ないですし。せっかく一位だったんだから早く戻ってください。」

 莉子は気を遣って声をかける。



「………。」

 湊は無言で手当てを続ける。



「……先生?」

 止まる事のない湊の手を見つめながら、莉子は湊の異変に気がつく。



「………ごめん。わかってるんだ…。ちゃんと。」

 ゆっくりと話し始める。



「羽鳥さんに放課後会えなくなってから……、俺教師辞めようかって何度も思った。」

 静かに肩を震わせる。



「だから…、今こうして羽鳥さんと二人で入れる時間が、俺にとって奇跡なんだ。」

 切なく微笑みながら莉子を見る。



「未練たらしいよな。自分でもわかってるんだ。言ってることと、やってる事が矛盾してるって。

 本当に、ごめん…。」

 そう言って包帯最後に留める。



 ガラッと保健室の扉が開いて、養護教諭が戻ってきた。



「あら、新井先生。大丈夫でした?」

 ちゃんと処置できているか確認するように覗き込む。



「はい、俺のせいで転ばせてしまったので。後はよろしくお願いします。」

 湊の瞳の奥は寂しそうだった。



 莉子は自分の気持ちを伝えるタイミングを逸したまま、湊は保健室を出て行く。



「先生…、ちょっと具合悪くて…。少しだけ休んで行ってもいいですか?」

 そう莉子は言いながらベットに潜り込む。



「大丈夫?今日意外と暑かったからね。無理しないで。」

 そっとカーテンが閉まっていく。




『どうしてこんなに好きなのに…私たちは一緒にいられないんだろう…?』



 うまくいかない辛さと共に、まだ自分の事を想っていてくれた嬉しさが複雑に混じり合い、莉子は声を押し殺してベットの中で、流れる涙を必死で拭っていた…。








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