担任の先生
「ねぇ、ねぇ。莉子!!担任って新任のセンセらしいよー!!」
嬉しそうに話すのは結城杏、莉子の親友だ。
「ふーん、そうなんだ。」
興味なさそうに素っ気なく話すのは羽鳥莉子、高校3年生だ。
「まぁ、莉子には斗真くんがいるから興味なしか。」
『全く…』と腕を組みながら羨ましそうに杏は中村斗真に視線を向ける。
「斗真とは別にそんなんじゃないよ。ただの幼馴染なだけ。」
男っ気のない莉子は今は推理物の小説にどっぷりとハマっている。
「でもさ、斗真くん、女子にすっごい人気だよ?背高いし、頭いいし、イケメンだし、優しくてさぁ〜!
ほんと、莉子は自分が恵まれ過ぎてる事、全っ然、分かってないんだから!!」
羨ましそうに一生懸命莉子に話すが彼女には全く届いていない。
「ねぇ、聞いてるの?莉子ったら!」
小説に夢中になって空返事の莉子に何度もめげずに話しかける杏。
「莉子!結城さん一生懸命莉子に話しかけてんだから少しは相手してやれよ!」
莉子の本をスッと奪い覗き込む斗真。
「ちょっと!何すんのよ!これ今日までに図書館に返さなきゃなんだから急いでんの!」
莉子は斗真の手から本を奪い返す。
「なぁ、莉子。今日図書館行くの?」
斗真はフンと後ろを向く莉子の肩に手を置き強引に振り向かせる。
「うん。…斗真、どうかしたの?」
いつにも増した斗真の強引さに莉子は違和感を感じる。
「いや、たまには俺も図書館行こっかなーって思っててさ。今日部活休みだし。」
バスケ部の斗真はさりげなく莉子と図書館に行く流れを作っていく。
「じゃ、一緒に行く?でも、静かにしてよ?斗真うるさいんだもん!」
念を押すように斗真の顔面に向かって指を指す。
「大丈夫だよ!!俺の事いつまでも子供だと思ってんなよ?」
莉子の母親の様に諭す言い方に斗真は少しばかりカチンときながらも、今日こそは『幼馴染を脱却する!』と密かに決意を固めていた。
「いつまでも子供でしょ?斗真のしっかりとした姿、卒業までに見れる日がくればいいんだけど…!」
からかう様に笑顔で話す莉子に斗真はやっぱり彼女のことが好きだと再認識する。
「俺がどれだけ成長したのか、今日莉子は知ることになるんだからな、覚悟しとけよ!」
莉子のおでこを小突きニコッと笑う斗真に周りの女子は黄色い声を上げる。
「いいなぁ、莉子は…。」
はぁ…とため息をつく杏は指を咥えて二人のやりとりを見ていた。
ガラッ
教室の扉が開く。
長身でモデルの様な体型の男性が入ってくる。
教室は一瞬しんと静まり返り、見たことのない彼の顔に釘付けになる。
「今日からこのクラスの担任の新井湊と言います。」
黒板に長い指でチョークを持ち大きく綺麗な文字で自分の名前を書いていく。
「今年教師になりたてで、色々皆さんには心配かけてしまうかもしれませんが、副担任や、学年主任の先生にも協力してもらって大切な高校三年生のみんなを笑顔で卒業させてやりたいと思うので、何でも相談して下さい!」
全身から放つフレッシュさに女子のテンションはどんどん上がっていく。
この人がなんで教師を?と思ってしまう様な甘いマスク。
一見チャラそうにも見えるカジュアルな雰囲気の湊だが、黒板に書かれた美しい文字が、彼の品格を物語っている。
「先生!担当教科はなんですか?」
興味津々に質問が飛び交う。
「国語です。ミステリー物の小説が特に最近好きで、秋田譲治なんかよく読んでます。」
みんな『秋田譲治って誰?』そんな顔をしているが莉子だけは違っていた。
さっき夢中になって読んでいた本も『秋田譲治』の作品だった。
莉子は密かに嬉しかった。
こんなマニアックな作家が好きだという人に初めて出会ったからだ。
必然的に湊と話してみたい衝動に駆られる…がこの女子一同から先生に向けられるハートの光線を遮ってまで話かける勇気はないのであった。
「彼女は?いるんですか??」
女子の興味の核心を突く質問に湊はためらいもなくすぐに答える。
「はい、います。」
その答えに一気に教室を埋め尽くしていたピンクの空気がグレーに変わるのを、莉子にはあからさまに見えた様な気がした。
「…そうですか…。」
急に静まり帰る教室で男子たちがクスクスと笑いを堪える。
莉子は柄にもなく、少し残念に思っている自分にびっくりしていた。
恋愛するには真っ盛りの年頃なのに、男性に対して全く興味が沸いたことがなかったのに…。
毎日の様に斗真に絡まれている事も原因の一つかもしれない。
だからといって莉子は焦りもしなかったし、本があれば他は何もいらないくらいに思っていたので、恋愛に関しては本当に疎かった。
湊の出現によって、莉子の中にいた知らない自分が目を覚ました様な…、何か不思議な感覚に包まれていた…。