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悲しい現実

「羽鳥さん、本当にごめん…。今日の事は忘れて欲しい。」

 表情の見えない中で声色だけを頼りに湊の本心を一生懸命探る莉子。



「先生…。どうして…?」

 莉子の震える声が心に刺さる。



「……。」

 湊は言えなかった。

 心の中は、いつも莉子でいっぱいだと言うことを。



「もう、俺ここに来るのをやめるな…。

 これ以上、一緒にいたら羽鳥さんの事、きっと傷つける事になる。」

 苦しそうに話す湊。



「…もう十分苦しいんです…。だって、私……私先生の事……。」

 ここが暗闇で本当に良かった…そう思うくらい莉子は涙が止まらない。



「……羽鳥さん??」

 まさか自分と同じ気持ちでいてくれるのか…?

 そんな奇跡があるだろか…?



「先生の事…好き…なんです…。」

 泣きじゃくりながら一生懸命言葉にする莉子。



 湊は莉子に歩み寄り、優しく抱きしめる。

 誰かに目撃されたら大変な事になる…。

 でも一人で勇気を出して思いを伝えてくれた莉子をどうしても抱きしめたかった。



「羽鳥さん…ごめんな?本当は俺が羽鳥さんに伝えなきゃいけない言葉だったのに、言わせてしまって…。」

 頰を伝う涙を優しく拭う。



「…先生……?」

 湊も莉子を想ってくれていたと言うことを、ようやく理解する莉子。



「このまま…どこか遠いところにでも行っちゃいたいな…。」

 弱々しく微笑む湊。



「俺たちは…一緒になってはいけない関係なんだ…。

 羽鳥さんはこれから自分の将来を決める大切な時期になるし、幸せになって欲しいんだ。」

 大きな掌で莉子の髪を愛おしそうに撫でる。

 きっとこうして想いが通じる瞬間は、これで最初で最後になるだろうから…。



「嬉しかった。羽鳥さんの気持ちが分かって…。

 最近ずっとずっと…おれ、羽鳥さんで頭がいっぱいだったから…。

 いい思い出にしよう…。」

 湊の声が震え出す。



「先生…、嫌です…。そんな簡単にこの気持ち消すことなんて出来ません…!」

 縋るように訴える莉子。



「羽鳥さんの将来を潰したくないんだ!!

 教師と生徒がそんな関係になんかなったら、俺の力だけでは羽鳥さんの事きっといつか守れなくなる。

 お願いだ…、分かってくれ…!」

 言葉では伝わりきれない湊の愛情が、抱きしめあう湊の全身から悲しく莉子の心に流れ込む。


 莉子は湊の気持ちは十分すぎるくらいに伝わっていた。

 自分が逆の立場でも、きっと同じ選択をするだろうと…。



「分かりました…。でも、最後にお願い聞いてもらっていいですか…?」

 湊の胸の中で莉子は心を決める。



「……ん?なんだ……?」

 愛情を込めた眼差しを莉子に送る。





「私のファーストキス…先生にもらって頂けませんか?」

 湊を見上げ視線が絡む。




 莉子を包み込むような湊の笑顔が胸を締め付ける。




「俺でいいのか……?そんな大切なもの…。」

 大きな掌で莉子の頰を包み込む。




「……はい。」





 湊の顔が徐々に近づき目を閉じる莉子。


 初めて重なる温かい唇を記憶に刻み込む。


『離れたくない…。』

 そう感じているのは莉子だけではない。



 莉子の柔らかな唇から伝わる湊への想いは切なさを引き連れながら湊の心に入り込んでいく。



 離れるのを惜しむかのように、現実に戻った二人。





 胸を切り裂かれるようなこの別れの感覚…。

 初めてではないような、諦めの気持ちが襲いかかる…。



「……先生…。さようなら……。」




 そう悲しい笑顔をした莉子は背を向け図書室の扉を開ける。




 次から次へと止め処もなく流れ落ちる涙を必死に拭いながら長い廊下に消えて行く。




 湊はこの悲しい現実を前に、行き場をなくした莉子への湧き上がる感情を押し殺すように、残された図書室でひっそりと肩を震わせた…。



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