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特別な時間

 あれから放課後になると莉子は図書室に通うようになった。


 湊と一緒に居られる時間はほんの三十分程度の時間だったが好きな作家や作品の話を毎日共有していく。


 もちろん二人の間に、恋愛感情を見せ合うようなことは全くなかった。

 でも、一日に必ず一度は同じ空間に二人きりでいる心地よさを、お互いとても大切にしていることは確かだった。




 莉子はきっと湊はよっぽど小説の話を共有する相手が欲しかったのだと思っている。


 恋人にはなれなくても、湊の自分に向けられる笑顔が見られるだけで幸せだった。



 莉子にはもう、湊の事が好きでそれ以外の人と付き合う選択肢は残されていなかった。




 莉子が朝、斗真と一緒に登校することを誘った日から、毎日彼は迎えに来るのが当たり前になり、莉子も斗真の好意を受け止めようと必死に歩み寄る努力をしていた。

しかし湊との時間が積み重なっていくにつれて斗真はやっぱり幼馴染で、それ以上の関係にはなれないと結論が出てしまっていた。



 ただ不本意なのは、自分たちの気持ちよりも、厄介な事に周りの噂がかなり先行して二人を恋人同士に仕立て上げていく。

 今更、斗真とは付き合っていませんでした、そう言ったところでどれだけの人が納得してくれるだろう…。



 莉子は悩んでいた。


 でもこのままでは自分の中で納得いかない…。





 一方で湊も莉子は斗真と付き合っていると信じて疑わなかった。


 二人の関係の間に湊はとても入れる立場ではなかったし、朝二人で登校してくる様子を目撃しては心に突き刺さるような痛みを感じていた。


何度も自分に『二人の事は何とも思っていない』と懸命に嘘を言い聞かせる。



 ……仕方のない事だ。



 どれだけ想っても、教師と生徒なのだから…。

 気持ちを伝えることすら許される事ではないのだ…。



 莉子が卒業したら…、そしたら気持ちを伝えよう…。



 その時でも莉子は振り向いてくれるだろうか?

 もうどんどん彼女は彼女の道を歩いて遠くに行ってしまうのではないだろうか…?



 どこにもいかないで、ずっとそばにいて欲しい…。



 教師として、あるまじき感情が、日に日に募っていくのを、自分自身見て見ぬ振りをして今日も莉子との短い時間を支えに生きている。



 お互いの事をそんな風に想ってあっている事に、二人ともまだ気づいていない…。






「莉子!今日部活休みだから、どっか寄ってこうぜ!」

 満面の笑みで斗真は莉子を誘う。


 莉子は湊の顔がよぎる。

 でも、斗真に湊との秘密の時間の存在を知られたら…?


 莉子は斗真の誘いを断る上手い理由が見つからず仕方なく、

「うん、いいよ。」

 そう答えてしまう。


 HRが終わりすぐに斗真は莉子に駆け寄ってくる。

「さ、行こうぜ!莉子の大好きなチョコレートケーキが美味しい店教えてもらったんだよ。」

 鼻歌が出てしまうくらいルンルンな斗真を置いて、とても『図書室に今日は行けません。』などとこっそり湊に伝える余裕もなかった。


 悪いことをしているつもりではなかったが、周りが毎日図書室で二人きりでいる自分たちの事をどう思うか考えた時に、へんな誤解をされて二度と二人で図書室で逢えなくなることが怖かった。



「そっか。…じゃあ、行こうか。」

 そう言ってHR終わりの湊に背を向ける。


 一部始終を見ていた湊は、今日は逢えないことを理解する。


 それでも足は図書室に向かっていた。


 いつもなら莉子が笑顔で扉を開けて入ってきて、自分の隣に嬉しそうに座っているのに…。


 莉子のいない指定席を見つめながら、

『今頃二人でデートか…。』

 そう、思うと心が張り裂けそうになる。



 当たり前の様にいた彼女が突然目の前から消えてしまう事がどれほどに湊にとって恐ろしい事か、今日の様な悲しい日が、卒業後に毎日の様に襲ってくるのかと思うと苦しくて仕方がなかった。



『一体どうしたら……!!』

 拳を握りしめて、一人うな垂れる湊だった…。


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