別れ
湊は帰り道またあの公園に立ち寄った。
一人で家にいてもここにいても、考える事はたった一つ莉子の事だ。
「ふぅ…。」
彼女と座ったベンチに腰掛け、だいぶ花びらを落としてしまった桜の木を見上げる。
22年間生きてきて、恋愛も人並みに経験してきたつもりだった。
それなのに、こんなに頭の中を埋め尽くす女性が今までいただろうか…?
これから先の一年間、どう彼女に接していったらいいのか…?
受験などの進路で大変な時期になると言うのに…。
今、どれだけ彼女に想いを募らせても、その先に用意されている心の行き場は何処にもない。
『どうしたらいいんだ…。いや、どうすることもできないだろう…。』
分かりきっている自問自答を何度も繰り返す。
「あぁ…、逢いたいなぁ…。」
心の声が口から飛び出す。
「湊…?」
その声に反応して香奈美が莉子の座っていた場所に座ってくる。
「香奈美…?どうしたの、こんなとこで…?」
驚き声が詰まる。
「だって、あれから何度も連絡してるのに湊、全く連絡くれないんだもん。」
『もう!』と湊の腕に自分の細い腕を絡ませる。
「家に行っても誰もいないし…。帰る途中に公園の中通ってたら湊の顔が見えて…。逢いたいなら何で連絡くれないの?」
覗き込むように香奈美は湊を見つめる。
「あ…、いや…。ごめんな。」
さっきの言葉を聞かれてしまったか…と恥ずかしくなる。
もちろん香奈美に向けられた言葉でない事への罪悪感にも苛まれた。
湊の腕に寄りかかり、静まり返った景色を眺めながら香奈美は湊と二人の空間にうっとりとしている。
明日も仕事早いが今日は久しぶりに湊の家に泊まろうかと香奈美は思っていた。
「ねぇ、今日泊まってもいいよね?」
ふと投げてくる今の湊には一番痛い言葉に、どう切り返そうか悩んでしまう。
「今日は…ちょっとな。ごめん。」
まさか断られると思っていなかった香奈美は驚きやっぱり湊の異変を疑いの目で見てしまう。
「湊…。この前からなんかおかしいよ?どうかしたの?」
香奈美は不安そうに湊の顔色を伺う。
「香奈美…。俺、もう香奈美と付き合えない。」
今日、こんな形で彼女に伝えるつもりじゃなかった。
もっと、自分の気持ちに整理をつけてから、少しでも彼女が傷つかない方法を考えたかった。
でももう、自分の気持ちに嘘はつけない。
こんな中途半端な気持ちのまま、香奈美と嘘の笑顔を振りまいて恋人をやっていく事が、もうおそらく出来ないだろうと思った。
「…湊…?嘘でしょ?」
ついこの前まで、将来の事を話していたのに…。
どうして急にこんな事に…?
「ごめん…、ほんと。」
立ち上がり彼女に頭を下げる。
「ねぇ、やめてよ!!……どうして?私の事嫌いになったの?」
急すぎる別れ話に納得のいかない香奈美は湊に食いかかる。
「………嫌いとかじゃないんだ。俺が全部悪いんだ。」
『好きな子ができた…。』本当のことを言って責められた方がどんなに楽だろう…。
ただ、相手は自分の教え子で、自分の一方的な片思いだ。
そんな理由で香奈美が納得するはずがない…。
「………ごめん。」
泣き噦る香奈美をもう抱きしめ慰める事もない。
自分ができる精一杯の事を今は彼女に向けるだけだ…。
「…本気なのね…?」
もう一度真実を確かめたくて湊を見つめる。
「あぁ…。」
まっすぐな湊の瞳に、もう揺るぐ事はないんだろうと、香奈美は察した…。
「分かったわ…。今まで楽しかった…。楽しい時間をたくさんありがとう…。」
スッと立ち上がり湊に頭を下げる。
背を向け去りゆく彼女を追いかけることはない。
香奈美は最後の最後まで、湊が追ってきてくれるのではないかと、希望を消せなかった。
公園の門をでて、後ろを振り返り、誰もいない散りゆく桜の風景を目の当たりにして、彼女は最後の希望の光を自ら吹き消した…。




