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スロース

「――やあ、また会ったね」


 廃墟ビルの屋上にて。

 藤岡さゆと対峙する。

 正確には、乗っ取られた藤岡さゆの肉体と。


「いや、こう言ったほうがいいかな。はじめまして、スロース」

「お前が……狩る者……か」


 彼女は恐ろしく低い声で、言葉を話す。

 それは最早、女性の声帯から出てこられる音域ではない。

 話しているのは藤岡さゆではなく、取り憑いたスロースだ。


「もう一人……女が見当たらない……どこだ」

「それを答えると思う?」

「あぁ、それは……もっともだ」


 スロースは、変貌する。

 藤岡さゆの肉体を、異形の者へとしてしまう。

 もはや、面影などそこにはない。

 あるのは、変わり果てた化け物だけだ。

 ステージ2に、進んでしまっている。

 いまの彼女は、まるで鬼のようだ。


「まったく、世界っていうのは大雑把だよね」


 方舟に接続し、情報を引き出し、指輪を得物へと造り替える。


「こんな風に成り果てても、人間として見做すんだから」


 どんな姿になろうとも、世界は彼女を人間だと言い張っている。

 だから、拒絶もされず、取り返しも付かない。

 彼女が与えた傷は、魔法のように消えてなくならない。

 気を引き締めていかないと、死んでしまいかねない。


「まだ聞こえているかな? キミを助けにいくよ」


 刀を構え、感覚を研ぎ澄ます。


「だから、キミも頑張って」


 そして、命懸けの戦いは幕を開ける。


「行くよ」


 蛇のように伸びた鬼の手が、僕に噛み付こうと迫る。

 五指から生えた爪は鋭利で、掴まれれば一溜まりもないだろう。

 けれど、いかに鋭かろうが、届かなければ意味はない。

 下方に配した刀を振り上げ、その鬼の手を両断する。

 手首から刎ね上げ、攻撃手段を奪う。

 同時に地面を蹴って肉薄し、懐にまで一息に踏み込んだ。


「――くっ」


 至近距離から放つ剣閃を、スロースは五指の爪にて捌く。

 鋭く堅牢な爪は、幾度かの剣撃に見事に耐えたけれど限度はある。

 すぐに亀裂が走り、根元から折れた。

 その好機を見逃すことなく踏み込み、一刀を見舞う。


「チィッ」


 深く抉るような剣閃は、しかし薄皮一枚を裂いて過ぎる。

 直前に退避を許し、スロースは屋上の鉄柵を超えて跳躍した。

 隣接するほかのビルに飛び移る気だ。


「――乃々!」


 しかし、それは想定内。


「方舟に接続」


 名を呼び、それに応えるように乃々は魔法を行使する。

 ビルの隙間から天に向かって伸びるのは、魔法の鎖。

 それは空中にあるスロースの身体を絡め取り、拘束した。


「くっ、この――忌々しいノアの末裔めっ!」

「無駄だよ。お前が生きているうちは、その鎖は外れない」


 魔法とは、そういうものだ。


「とどめだ」


 刀のきっさきを天へと向ける。


「方舟に接続」


 方舟から情報を引き出し、刀身へと送った。

 それは闇夜を斬り裂く輝きとなり、刃を光たらしめる。

 刀は魔法を帯び、敵を斬るための力を宿す。


「ま――待て!」

「待たない」


 慈悲も容赦もなく、刀身を振り下ろす。

 光の刃は空間ごとスロースを引き裂いて、星空すらも割ってみせる。

 異形の姿に変わり果てた藤岡さゆの肉体は、真っ二つに両断された。


「おのれ……」


 恨み言を言いながら、スロースは霊体へと回帰する。

 一塊の人魂と化した。


「いつか……かならず……取って代わる。我らの時代が、くる」

「来ないよ。僕たちが、そうはさせない」

「ははっ、はははははははっ! 今に見ていろ! 我々――は――不滅――だ」


 最後まで往生際の悪いスロースだ。

 まぁ、ほかのスロースも似たような者だけれど。


「乃々。彼女は?」


 ビルの隙間に落ちていったけれど。


「すでに確保済みです」


 魔法の鎖のように、乃々は彼女を抱えてビルの隙間から浮上する。

 屋上に降り立つと、抱きかかえた彼女をそっと下ろした。


「よし。治らない外傷はないな」


 彼女の肉体は右腕を刎ねられ、身体の正中線で分かたれている。

 けれど、それはすべて魔法による傷。

 世界から拒絶され、排除されるものだ。

 だから、刎ねたはずの右腕は元通りに復元され、分かたれた肉体も接着されていく。

 瞬く間に拒絶は成立し、彼女は元の人間の姿へと回帰した。


「彼女は……目を覚ますでしょうか?」

「……通常、ステージ2になったら助からない。でも、彼女はなったばかりだ。可能性は十分にある」


 僕たちはただ待つしかない。

 彼女が帰ってくるのを。

 生きたいと願うのを。

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