第四話。大きな変化は自分の外からも。
「ところで、三人にちょっとした話があるんだけどな」
「なんだよ、いきなり?」
答えるかわりなのかチャールズは、背中からなんかを……袋だな、袋を前に持って来た。俺達に中身を見せるみたいだ。
「なんだ、そのカクカクした袋?」
「コートだ。服の上から着る服で、冬に着るあったかい奴。三人分ある」
嬉しそうな顔をするロノメとジーニャ。って、ジーニャはさっきっからそんな顔か。
「で? 俺達にそれを見せてなにしようってんだ? 金持ってるって自慢なら殴るぞ」
「お前は、まずその警戒心の固まりなのをなんとかしないか?」
またやれやれな感じだ。
「むりだな。貧民街暮らしはお前が考えるほど甘くない」
「そうか。なら、その横道暮らしから抜け出られるとしたらどうする?」
「なに?」
今よりもっと、俺の警戒心は強くなった。
「このコートには」
一つ、中身を取り出しながら言うチャールズは、なんかの形がんーっと ししゅう? されてるところを見せる。
「騎士団の紋章が入ってる。経費じゃないってのがケチだよなぁ。そんなんだから俺のたくわえが、いつまで経っても増えないんだよ、まったく」
「それで? そのコートってのと貧民街から出られるのと、どう関係してるんだ?」
さっさと答えに行かないチャールズを睨む。
「はいはい、焦るなって。俺が子守騎士って言われてるのは、知ってのとおりだ。なんで子守騎士か。それも話したな。貧民街の子供を、貧民街生活から解放してるからだ」
「そうだったな」
「とはいえ、誰も彼もってわけにはいかない。お前たちみたいな、希少な才能を持った子供に限ってる。我が家の広さにも限界があるからな。あわよくば戦力に、ってのもある……まあ これは騎士団からの要望だけどな」
「で、俺達に騎士団って奴に入るのと貧民街暮らしかを選ばせようってのか」
「騎士団入りはのちのち、自由意志で、な。なんで俺がわざわざ、こんなまどろっこしくコートをあげしぶってるかわかるか?」
「わかると思うのかよ?」
言葉の意味も、その理由もな。
「だ、か、ら。お前はもうちょっと肩の力と心の力を抜けって」
疲れたように一つ息を吐いて、チャールズはその理由を話した。
「騎士団の紋章が入ってる物を着てる。ってことは騎士団に目をかけられてる、国から援助されてる ってなるんだ。
貧民街ってのは残念ながら、国の手が追い付かない場所だ。
だから、もしこれを着た状態で貧民街をうろついてるとお前たちの身に危険が降りかかりやすくなる。
お前たちだけ、なんでそんないい思いをしてやがるんだー、ってな」
「……そう、だな」
国から手を伸ばされてる奴等を貧民街でみかけたら、たしかに俺もその国からのもらいものをぶんどりたくなるかもしれねえ。そのまま貧民街生活から抜け出ようとするだろうな。
「だから、これを受け取ることは貧民街からの脱出だ」
「なんでわざわざ渡さねえことを考えるんだよ?」
「貧民街生活を選ぶ子供もいるからだよ」
「……は? そいつらバカなのか?」
わざわざ貧民街にいすわってどうすんだ?
「そうでもないさ。たとえどんな環境でも、住み慣れてると離れるのがいやになるもんだ。よっぽどその子供は貧民街が好きだったんだろう。お前と違ってな」
チャールズはちらっと、ジーニャたちの方を見る。
「ジーニャ、バンデトリヒと、ロノメと、いっしょがいい」
「ぼくも。バンデトリヒがいないと、ぼく……怖くてなんにもできなくなっちゃう」
「ってことだけど、さて。改めて聞くぞバンデトリヒ」
「ああ」
頷いた俺を見てから。静かに二つ、チャールズは息を吸ってはいてして、それから言葉を吐き出した。
「貧民街で腐って落ちたいか?」
チャールズの言葉に、俺は息が詰まった。俺の言い方をまねしたからじゃない。
「俺は、お前たち三人を腐らせるのは惜しいと思った。だから、誘ったんだ」
こいつ。どこまで俺を……。
俺を読み切るつもりだ。
「……そのコート、くれ。三人分だ」
わぁっと言うジーニャとロノメ。そして……これまで一度も見せたことがない、チャールズの柔らかい顔が俺の言葉に答えた。
ーーそうか。二人も貧民街暮らし、いやだったのか。
『よかったわねジーニャ』
柔らかく言うぼやけた女……精霊に、ジーニャはうんと 顔を半分ぐらい隠す髪の毛がブワっと持ちあがるぐらいの勢いで頷いた。
一瞬見えたジーニャの目に、俺は息が止まった。……こいつ、こんなに ずっと見てたくなる光り方した目だったのか。
『この子ね。バンデトリヒがいつも一人で頑張ってるのを見て、なにもできない自分をとても歯痒く……とても悔しがってたんですよ』
「そうだったのか。だからいっつも、手伝いたがってたのか」
『そうです。ロノメも同じでした』
「お前ら……」
『でも、あなたの思いもわかっていたから、しつこく言わずにいたんです』
「……そっか」
まだ捕まったまんまで動かせない両手を、俺は知らずに握っていた。
*****
「たまには顔見せるんだよ」
「バンデトリヒ。ドルーチャ家の皆さんと仲良くね」
「なんで俺だけに言うんだよ?」
「だって、ねぇ?」
クスクス笑って言う娘に引きずられたみたいに、他のみんなが笑う。
「なんだよ? なにが面白えんだよ?」
納得いかねぇ。
あの後、俺達は自分たちの寝床に帰って荷物を持って来て。そして一日このパン屋で過ごした。
って言っても、荷物らしい荷物は俺の持ち物の、稼いだ金を入れておく缶だけだったんだけどな。
で、昨日初めてフロとか言うのに入ったし、冷たくない水があることを初めて知った。あったかいのって……いいなって、思った。
フロにはまとまって入ったんだけど、その時ジーニャに髪の毛のこと言ってみたんだ、どうにかしないか? って。
そしたらジーニャ、なんてったと思う?
「髪の毛もいっしょだった。なくなるの、怖い」
だそうだ。ジーニャにとって髪の毛は、俺にとってのこいつらと同じなんだって思ったら、それ以上はなにも言えなかった。
「よし。じゃ、いこうか」
黒い鎧姿のチャールズが、妙にまじめくさった顔で言うから、吹き出しちまった。
「な、なんだよおい?」
「なんでもねえよ。わかった。いこう」
俺の言葉に二人はうんと同時に頷いた。
「じゃ、その子たちのこと。よろしくおねがいしますよ」
「わかってますよ」
オバチャンに答えたチャールズと、それとはぜんぜん関係ない感じで「寂しくなるなぁ」って小さく言う娘。
その声で、なんだか俺までじわっと世界がぼやけて来た。
「……いこう」
ぼやけをおいやるために、自分の白いコートの胸をパシっと叩く。
「まて」
「なんだよ? 人がせっかく気合入れたのに?」
「挨拶、してこう」
「アイサツ?」
「ジーニャ、挨拶 知ってる。おはようとかおやすみとか」
「いってきます、とか な」
また、チャールズが柔らかく言う。頷くだけのジーニャとロノメ。
ーーやっぱ。俺、知らねえこといっぱいあるみたいだぜ。
「じゃ。せーのって俺が言うから、いってきます って言って頭下げるんだぞ」
「うん」
俺の望みが叶った。三人で貧民街生活を抜け出すこと。
でも。あんまりにもいきなりすぎて、まだ 抜け出せたんだな、って感じがこねえけど。
「わかったよ」
それでも。白いコートを着て、あったかくなってる体と、なんだかはわかんねえけど軽くなったような気がする心のフワーが。
少しずつ。少しずつ、俺になんか違うんだってのをしみこませて来てる。
ーーだから。
「……しかたねえ」
そう言って、一つ頷く。勝手にニヤってなる顔、噛み殺すの大変だ。
はぁ、ってまた疲れたような息一つ吐いて、チャールズは一つ頷いた。
「せーの」
チャールズの声に答えて、俺達はオバチャンたちに頭を下げた。
「「「いってきます」」」
背中を向けて、俺達は歩き出した。二人のいってらっしゃいを受けて。
「なあ、チャールズ」
「お、初めて名前だけで呼んでくれたな。なんだ?」
「オッサンのとこ。行ってもいいか?」
「ん? もしかして、賭け試合してたオッサンのことか?」
「ああ。あんなんでも、金くれてたからな。アイサツしていこうと、思ってさ」
「ぶん殴られても知らないぞ」
楽しそうに笑うチャールズ。
「そんときゃサっとよけて、そのまま逃げてやるよ」
今さっき噛み殺したはずのニヤリが、俺の顔に戻って来た。
けど。
今回は。
隠す気にはならなかった。
END
お読みいただき、ありがとうございました。
さて、夜は場面として明確にありました。しかし、謎はいったいどこにあるでしょうか?
実はですね。全編に渡ってますねこれ、あとがき書いてて気が付いたw
まず、バンデトリヒにとってチャールズはよくわからない=謎な男です。
ジーニャとロノメが自分の言うことを、いつもきちんと受け入れてくれず むぅ、って言う顔をしてお店にとどまってるのもよくわからない=謎です。
そしてついでに、バスターミの二人がこの三人に無償でよくしてくれてることも、バンデトリヒにはわかりません=謎です。はたして彼が、今後の暮らしで善意を理解できるようになるのかどうか。
……俺が考え付く謎なんて、こんなひねくれた物しかございませんのですよ。バンデトリヒ=主人公にとってよくわかんなきゃ、もうそれ謎でよくね? って言う。
なんにしましても。二箇月近くの超大遅刻ではございましたが、ミステリアスナイトタグにOKを出してくださった、企画主の秋月忍さん、ありがとうございました。